モナ・ファストヴォールド監督インタビュー「男女平等への道のりはまだ長い。いまこそ伝えたいアン・リーの革新」 | Numero TOKYO
Interview / Post

モナ・ファストヴォールド監督インタビュー「男女平等への道のりはまだ長い。いまこそ伝えたいアン・リーの革新」

現代よりも性差や人種の差別意識が強かった18世紀。人間の平等を訴え、自らをキリストの化身と信じ、数々の受難に耐えながら「シェーカー教団」と呼ばれるユートピアを築いたひとりの女性、アン・リーの波乱万丈の人生を描いた伝記ミュージカル映画『アン・リー/はじまりの物語』

知られざる時代の先駆者、アン・リーの物語を再現すべく監督を担ったのは、アカデミー賞受賞作『ブルータリスト』でブラディ・コーベット監督と共同で脚本を手がけたモナ・ファストヴォールド。フェミニストの先駆けでありつつ、機能的かつモダンな「シェーカーズスタイル」と呼ばれる木工品や家具などでも後世に多大な影響を与えたアン・リーの人生をどんな思いで描いたのか。ファストヴオールド監督に聞いた。

モナ・ファストヴォールド Photo:Giulia Parmigiani
モナ・ファストヴォールド Photo:Giulia Parmigiani

アン・リーはアメリカ史上初のフェミニスト⁉︎

──18世紀に実在した女性宗教指導者、アン・リーの生涯を映画化しようと思った一番の決め手は何だったのでしょうか?

「アン・リーのことを知ったとき、宝物を見つけたような気分になりました。彼女が生きたのは1700年代の後半で、もしかしたらアメリカの歴史上、最初の女性のフェミニストだったかもしれません。シェーカー教団が使用していた機能的でモダンなデザインの家具には馴染みがあり、アメリカのデザインカルチャーの礎となっているにもかかわらず、創始者であるアン・リーの存在があまり知られていないことが不思議でした。アンの物語は世に知られるべきだと感じ、映画化したいと思いました。調べていくと、シェーカー教団の儀式は歌や踊りを通して行われていたことを知り、映画の題材に相応しいと思ってワクワクしました。私自身のバックグラウンドのひとつにダンスがあるので、劇中でモダンダンスを表現したいという気持ちも生まれました」

©2026 Searchlight Pictures. All Rights Reserved.
©2026 Searchlight Pictures. All Rights Reserved.

──アン・リーは性差や人種を超えたユートピアを作ろうとしましたが、18世紀は現代と比べて性差や人種への差別意識が強かった時代です。その上で、アン・リーの苦闘を描く際にどんなことを大事にしましたか?

「悲しいことに今も世界中で差別が行われています。アンはジェンダーに限らず平等を説いているので、現代の観客にとってとても共感できる物語だと思いました。アンが亡くなった後にシェーカー教団のリーダーを務めていたのはアフリカ系アメリカ人の女性だったのですが、当時は他の分野も含めて女性のリーダーがほぼいない時代だったので、とてもラディカルですよね。アンの物語はとても複雑です。平等を説く姿勢やコミュニティへの考え方や仕事に対する姿勢には私も同感するのですが、性的なものを排除して新たな社会を作るというヴィジョンは理解できかねます。しかし、男性と同等の立場に立つためには、それぐらいのドラスティックなヴィジョンを示さないといけない時代だったのではないかと思っています」

©2026 Searchlight Pictures. All Rights Reserved.
©2026 Searchlight Pictures. All Rights Reserved.

──18世紀と比べ、フェミニズムが前進したと思うのはどんなところですか?

「女性が子育て以外の人生を選択でき、私をはじめ女性が今の仕事に就けていること自体が進歩したということだと思います。ただ、ガラスの天井はたくさんあり、まだまだ道のりは長いです。何かを変えるためには熱意やエネルギーが必要ですが、簡単に無関心に陥ってしまう。アンは貧しい家庭に生まれ、何も持っていないところからスタートしてユートピアを作り出すことができました。今の時代においても小さなコミュニティを作ることですらとても力が必要です。アンの姿に何かインスピレーションを感じてもらえることを願ってます。私はノルウェー出身ですが、ノルウェーのことを理想郷みたいに思ってくれる方は多いですし、比較的男女の賃金差は少ないです。しかし、同じではありません。繰り返しますが、まだまだ道のりは長いのです」

アンとアマンダの仕事に対する姿勢に共鳴

──先ほど、「アン・リーの仕事の向き合い方に共感する」とおっしゃっていました。具体的にどんなところに共感しますか?

「アンは仕事に対して、『1000年生きるかのように日々働く』という気持ちと『今日が地球最後の日だ』という気持ちを両方を持って仕事に向かうべきだという発言をしていて、私もよくそういったことを考えています。アンをはじめシェーカー教団の人たちにとって、仕事に対する勤勉な態度は信仰心の表れでもあるし、労働は神への供物でもあります。椅子作り、建築、新たなものを発明すること、4人の子どもの面倒を見て食事を作ること、どんな仕事だとしてもそれを大切にすることは美しいです。彼らは機能的でミニマルでモダンな家具を作り出し、コストをかけずに美しいものを生み出した。ディティールを注視するということも美しいことだと思います。私は長い映画しか作れず(笑)、特定の神を信じているわけではありませんが、同じアーティストとして共感する部分がいくつもあります」

©2026 Searchlight Pictures. All Rights Reserved.
©2026 Searchlight Pictures. All Rights Reserved.


──主演のアマンダ・セイフライドが素晴らしい演技を見せています。何かリクエストしたことはありましたか? また、セイフライドの俳優としての凄みを特に感じたポイントは?

「歌と踊りはもちろん、揺れる船に乗ったり、燃える家の前で裸で演技をしたり、多くの大変なことをやってもらわないといけませんでした。しかし、撮影が始まる1年前から一緒にさまざまな作業をやる中で信頼関係を築くことができ、アマンダは私と一緒にこの映画を作っていく、という強い意志を持ってくれました。強いパートナーシップがなければ、あそこまでの演技は生まれなかったのではないでしょうか。彼女には毎日驚かされました。私のことを信頼してくれているからこそ、オープンなマインドで、周りで起きていることや共演者の動きに対して瞬時に反応し続けてくれました。彼女は恐れを知らない演者です。家を燃やすシーンは、寒い夜に実際に家が燃え尽きるまでカメラを回し続けていたのですが、私がずっとカットをかけなかったので、アマンダはずっと演技をしてくれました。それだけのスタミナを持っているし、役者として強い力を持っている方だと改めて感じました」

©2026 Searchlight Pictures. All Rights Reserved.
©2026 Searchlight Pictures. All Rights Reserved.

衣装を通じて登場人物の旅路を描くことができる

──アンは抑圧的で制限の多いイギリスから脱出し、アメリカでユートピアを築き、そこでは皆が同じようなユニフォームを着ています。監督がミュウ ミュウ「Woman’s Tale(女性たちの物語)」プロジェクトのために制作したショートフィルム『Discipline』は、でユニフォーム=規律から解き放たれたピンクのドレスの女性が描かれていました。全く逆の表現ですが、同じことを伝えているように感じました。洋服の持つ役割についてどう考えていますか?

「『Discipline』は、『アン・リー/はじまりの物語』がまだ編集中で、プロモーションが始まるくらいの時期に制作したので、本作を作る中で感じたことが直感的に反映されていると思います。人間には、『自分から見た自分』と『周りからこう見えていてほしいという自分』が存在していて、その両面性を人間サイズのパペットで表現したいと考えました。ミュウ ミュウの新コレクションを使用するという条件がありましたが、かなり前から新コレクションを見せてもらうことは難しかったので、私がヴェネチア国際映画祭の記者会見で着たお気に入りの服をイメージして構想を膨らませました。自分にとって非常に意味のある作品になりましたね。

シェーカー教団は、アンが亡くなってしばらくしてからお揃いの服を着るようになりました。『アン・リー/はじまりの物語』では、そこに向かうために、アンが登場した場面の衣装のことから衣装デザイナーのマウゴザータ・カルピウクさんと一緒に練っていきました。アンはいつも手縫いにより作られたシンプルなドレスばかりを着ていて、それも誰かが着ていたものを着回していたんです。そこにもシェーカー教団の思想が宿っていると感じ、劇中に登場する衣装や小道具も、その思想にインスピレーションを受けて制作していきました。

映画が1枚の絵画だとすると、衣装はそれを完成させる絵の具のひとつであり、服自体が多くを物語っていると考えています。衣装を通じて登場人物の旅路を描くことができるのです」

『アン・リー/はじまりの物語』
18世紀のイギリス、貧しい鍛治職人の家に生まれたアン(アマンダ・セイフライド)は信仰心の厚い女性として育つ。4人の子どもを授かるも、全員を幼くして失うという悲痛な体験の中、自らが“キリストの女性の姿の生まれ変わり”である、確信的な啓示を得る。彼女の性別、人種の平等を説く生き方は多くの人々を惹きつけていくのだったが、反感や警戒を感じる勢力から苛烈な迫害を受けていく。わずか8人の信徒とともにアメリカに渡り、性別、人種の平等信仰をもとにした理想の生活を実現するユートピアを求めるのだったが、そこでも大いなる困難が待ち構えていたのだった。

監督・脚本・制作/モナ・ファストヴォールド
脚本・制作/ブラディ・コーベット
出演/アマンダ・セイフライド、 ルイス・プルマン、トーマシン・マッケンジーほか
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
6月5日(金)よりTOHOシネマズ シャンテ他全国公開
©2026 Searchlight Pictures. All Rights Reserved.

URL /https://www.searchlightpictures.jp/movies/annlee

Interview & Text:Kaori Komatsu Edit:Mariko Kimbara

Profile

モナ・ファストヴォールド Mona Fastvold 監督、脚本家。ノルウェー・オスロ出身。現在はニューヨークとオスロを拠点とし活動する。2012年に「The Sleepwalker(原題)」で長編映画の監督デビューを果たし、同作はサンダンス映画祭米国コンペティション部門でプレミア上映された。長編監督第2作『ワールド・トゥ・カム 彼女たちの夜明け』(20年)でベネチア国際映画祭のクィア獅子賞を受賞。同国際映画祭の銀獅子賞(最優秀監督賞)受賞作となった『ブルータリスト』(24)でもブラディ・コーベット監督と共同脚本を執筆。同作はアカデミー作品賞ほか10部門にノミネートされ、ファストボールドも脚本家として脚本賞にノミネートされた。
 

Magazine

JULY / AUGUST 2026 N°198

2026.5.28 発売

Beyond The Border

ボーダーを超えて

オンライン書店で購入する