中里唯馬インタビュー「ファッションの可能性を信じて、オートクチュールと向き合ってきました」 | Numero TOKYO
Fashion / Feature

中里唯馬インタビュー「ファッションの可能性を信じて、オートクチュールと向き合ってきました」

デザイナー中里唯馬がこだわり続けるオートクチュールというファッションの形はこの先どこに向かうのか。社会を見据え、未来を見据えてオートクチュールを拡張する彼のヴィジョンに迫る。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2024年6月号掲載)

──映画『燃えるドレスを紡いで』では、ファッション産業がもたらす問題についてあらためて考えさせられました。ケニアで衣服のゴミの山を目にした後、砂漠で暮らす少数民族を訪ねたシーンが印象的でした。

「作り手側でもある自分が衣服の行き着く先、最終到達点を見ることに大きな意味があり、つらいだろうと覚悟はしていましたが、現実を体感してみることで何か見えてくるものがあるのではないかと思いました。実際、最初に大量に廃棄された衣服の山の光景を目の当たりにして、ふらふらになりながら砂漠地帯へ向かい、そこで暮らす部族の方たちにお会いしました。本当に暑く乾燥しているこの土地で水がないというとんでもない状況にもかかわらず、祈りや文化、歴史、いろいろな意味があってだと思いますが、ビーズの装飾を身に着けていたんです。直接的な効果効能や機能がないものでも人が纏っている姿にデザイナーとして勇気づけられました。もう作らないほうがいいのかと絶望的な気持ちになった後に、身に着けるもので自己表現をすることは生きていく上で必要なことなのだと教えてもらったような感覚です」

──自己表現する上で、中里さんが考えるファッションの存在とは?

「ファッションというツールは、自分が何者なのか、個性を形成していくのに人間が持ち得た手段でもあります。なかでもオートクチュールは顧客との対話を通じて、デザイナーと顧客の世界観が重なり合いながら成り立っているので、大量生産とは違い、個性をより引き立てやすいです。そこにファッションの可能性を信じて、オートクチュールと向き合ってきましたが、非常に高価なため着られる人が限られてしまうのも事実です。そう考えると、ファストファッションのように安価にデザイン性のあるものが多くの人に行き渡るということ自体は悪いことではないと思っています」

──それが行き過ぎた結果、環境汚染、ケニアで見たような衣服の大量廃棄の問題が生じてしまった。

「かつて日本でも家庭内で衣服を手作りしていた時代があり、料理を作るように、身近に作ってくれる人がいて、話しながら作ることは日常の風景でした。けれど今は服を作っている人のほうが特殊な存在であり、数十年で『作る』から『買う』に変わりました。つまり、この先数十年でまた全然違う風景になる可能性もある。そのとき、どういう風景にしていけばいいのかという理想像を考えておくべきだと思います。そこが今、ファッション業界に問われていることであり、「買う」の次はいったい何だろうと、それぞれの立場で考え続けているというのが、今の状況ではないかと感じています」

ケニアでの体験をドレスに昇華させる

──中里さんはテクノロジーとクラフトマンシップを融合させ、オートクチュールの楽しみを体験できるシステムを編み出すなど積極的に活動されていますが、やはりまだ高価で手の届かない存在のように感じます。

「衣服は安いことが正義になりすぎてしまっているように思います。安いほうがいいとか、セールで買うとか、衣服にお金を投じること自体があまり認知されていません。ただ、本当に欲しい服や、気に入ってずっと着続けたい服に出合えているかというとそうではない。とりあえず安いからとか、たいした動機がないまま買ってしまうケースもあると思います。その数を減らして一着にもう少しお金をかけるという考え方は、贅沢ではなく、あり得るかもしれない。消費の在り方そのものを見直してもいいのではないかという気がしています」

──帰国後のコレクションに込めた思いとは?

「あの光景を置いて別のコレクションを発表することもできず、悩みましたが、ケニアに行く前に用意していたものを全部やめて残りの期間で作り直しました。これから先の未来をどう考えていくのか、どう地球の未来を受け継いでいくのかを考えざるを得ない状況になってしまったので、表現しないわけにはいきませんでした。<Inherit:受け継ぐ>という言葉をコレクションのテーマに当てましたが、それは自分自身に対しての問いであり、映画を見てくれる人への問いでもあります」

23SS 「INHERIT」ケニアへの訪問で目の当たりにしたゴミ山や民族衣装の形状と装飾を着想源に、廃棄された衣服をコレクションに変貌させた。テクノロジーを駆使した素材開発の様子は映画の中でも見て取れる。

──23AWシーズンも引き続きケニアでの体験をもとにコレクションが作られました。

「あまりにも大きなインスピレーションだったので、1回では表現しきれませんでした。あるとき、たまたま葛飾北斎の赤富士の絵を見て、たいてい青で描かれる富士山が真っ赤になっていて、自然の怒りなのか脅威なのか、そんな印象を受けました。そこで、自分で撮影したケニアの塵山を赤く変換したらどうなるか、思考実験をすると、結果、おどろおどろしい汚い塵山が自然の風景、地層のようにも花のようにも見え、美しささえも感じる。色を変えるだけで意味自体も変わるような気がしたんです。ゴミも人がいらないと決めた瞬間にゴミになり、物質が変わったのではなく、意味が変わっただけ。つまり、意味を後から変えられるなら塵山の意味を変えることができるんじゃないかと思い、赤色を象徴的に使いました。

23AW「MAGMA」SSシーズンのテーマを受け継ぎながら、葛飾北斎の富嶽三十六景の赤富士にヒントを得て、さらに進化させたコレクション。赤色に変換したケニアのゴミ山の写真がランウェイにも敷き詰められた。

──24SSシーズンは、どのようなテーマで制作したのでしょう。

「1年くらいかけて、スイスの国立劇場で上演されるモーツァルトのオペラ『イドメネオ』の衣装をデザインしたことがメインテーマになっています。古代ギリシャのクレタ島を舞台にした戦争がテーマの物語ですが、実際にクレタ島を訪れ、いろいろとリサーチを進める中で、海を眺めながら、まさに地中海を挟んだ対岸では戦争が起きていることを実感し、コレクションへと発展させました」

24SS「UTAKATA」トロイア戦争を出発点に現在の世界情勢を見つめ、繊細な甲冑を構築した。童謡「赤とんぼ」の生演奏が響き渡る会場で、ダンサーが纏った純白のラストルックが赤く染まっていくパフォーマンスも。

──具体的な思考のプロセスは?

「ミリタリーはファッションと非常に密接で、過去に多くのデザイナーが引用してきました。私もミリタリーウェアは美しく、かっこいいと思いますし、単に機能美だけではない何かを感じ、惹きつけられます。一方で、受け入れ難い戦うための服でもある。それを表現するにあたり、繊細な甲冑の鎧をモチーフにしました。割れやすい陶器を使い、絶対に戦えない機能性のない鎧を作る。繊細な服は『耐久性』『長持ち』『洗濯可能』が主流の現代の合理性からすると相反するもので、一度着たら割れてしまうかもしれない。割れる戦闘服という対極にあるものをメッセージとして発信したいという思いがありました。実際にクレタ島で見た数千年前の甲冑は、高度な技術で装飾が施され、非常に美しく心が動かされたのを覚えています」

ファッションデザインの力で社会を動かす

24SSオートクチュールコレクションより、ユニフォームを粉砕して作った不織布を用いたジャケット。ハトメのパンチングや刺繍、裏側にはシルクを施している。「長持ちする服一辺倒でなくとも繊細な服が存在していいと思うし、それを丁寧に扱うことで長く使っていくということも大事な考え方ではないかなと思っています」
24SSオートクチュールコレクションより、ユニフォームを粉砕して作った不織布を用いたジャケット。ハトメのパンチングや刺繍、裏側にはシルクを施している。「長持ちする服一辺倒でなくとも繊細な服が存在していいと思うし、それを丁寧に扱うことで長く使っていくということも大事な考え方ではないかなと思っています」

──中里さんは服をデザインするだけでなく、服の在り方を考えることからスタートし、消費者の手に渡った先のゴールまでをも設計されて、まるで研究者のようですね。

「リサーチしたり、新しい可能性を見つけ出すのが好きなんです。それにパリという地で、偉大な大先輩たちの勇気ある発表により、世の中の価値観や既存のルールが壊され、誰もが自由に服を着れるように変わってきた歴史もあります。ファッションデザインには、社会を動かす力があると信じていますし、自分もその一翼を担い、貢献できたらという思いがあります。社会で起こっていることを知り、デザインでアクションを起こすことが、パリという場所でできたら素敵だなと、それが常にモチベーションになっています」

──中里さんが服飾史に名を刻まれるとしたら、どんな形でしょう。

「ヨーロッパのファッション史では男性・女性と今でも明確に分けられていて、オートクチュールはどちらかというと女性が中心ですが、私のコレクションでは男性モデルを起用しています。24SSコレクションでは、敢えて3分の2は男性モデルを起用し、男性の新しいフェミニ二ティを提唱しました。テーラードスーツやワークウェア、ユニフォームに宿る機能美がどこか権威的というか、それ自体が社会の諸悪の根源でもあるのではないかという疑問があり、ファッションで壊すには何ができるのか自問自答しました。レースのドレスなど繊細な、耐久性とは真逆なものと、ミリタリーウェアのような文化を掛け合わせる。さらには自分自身が男性として、デザイナーとして、男性視点で男性の服のマスキュリニティ・強さを壊していく。陶器で作るのもその一つのアクションです。それが一つのメッセージになればいいなと思っています」

『燃えるドレスを紡いで』

世界中から押し付けられ衣服のゴミの山、ゴミをあさりながら生きる子どもたち。環境負荷の高いファッション産業から生まれた絶望的な光景を目にしたファッションデザイナー中里唯馬が、革新的なアイデアでコレクションを発表するまでの裏側を捉えたドキュメンタリー。
出演:中里唯馬 監督:関根光才 特別協力:セイコーエプソン株式会社、Spiber
dust-to-dust.jp/

Photos:Ayumu Yoshida Interview & Text:Masumi Sasaki Edit:Chiho Inoue

Profile

中里唯馬Yuima Nakazato 1985年生まれ。2008年にアントワープ王立アカデミーを卒業後、09年に「YUIMA NAKAZATO」を設立。16年に日本人では森英恵以来2人目となるパリ・オートクチュール・ウィーク公式ゲストデザイナーの一人に選ばれ、以降も継続的にコレクションを発表。

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