幾田りら×内澤崇仁インタビュー「会えるか会えないかわからない“アナログ”な時間と寄り添う音楽」
二宮和也演じるデザイナー・悟と波瑠演じる携帯を持たない謎めいた女性・みゆきが喫茶店「ピアノ」で偶然出会ったことから始まる恋愛模様を描いた映画『アナログ』。「毎週木曜日に、この場所で会いましょう」。ただひとつの約束を交わしたふたりによるピュアで切ないラブストーリーを鑑賞し、号泣した勢いのままインスパイアソング「With」を書き上げたのはドラマ主題歌やTVCMソングも多数手掛けるシンガーソングライター、幾田りら。「With」のプロデュース/アレンジを手掛けたのは『アナログ』の劇判も担当するandropの内澤崇仁。
ストーリーをいたずらに盛り立てることなく、優しく寄り添うような劇判と「With」が溶け合ったような良質なコラボレーションを見せている。今回の取材で初めて直接言葉を交わしたという幾田と内澤の対談をお届けする。
お互いを思い続けることの尊さと、その感情に寄り添うような曲
──幾田さんは『アナログ』を鑑賞して号泣されたそうですが、一番ぐっと来たのはどの辺だったんでしょう?
幾田りら(以下、幾田)「映画を観た皆さんがきっと涙ぐんでしまうようなシーンで全部泣いていました(笑)。物語の後半、いろいろなことの辻褄が合ってゆく。悟とみゆき、2人のうちの片方が投げかけたアンサーが露わになってきたときに、自分の中で2人の心が結ばれていく感じがして、すごくぐっときました。本当に人を思いやるということ、誰か一人のことをずっと思い続けることの尊さを強く感じて涙があふれました。私が『アナログ』を鑑賞したのは深夜の3時から朝方にかけての時間帯だったんですが、朝日が昇るとともに涙を流しながら、早速曲の構想を練り始めました」
──インスパイアソング「With」はストーリーの一部を切り取るのではなく、悟とみゆきの出会いから未来へと繋がっていくすべてが凝集されたような曲になっています。どんなことを意識して制作したんですか?
幾田「今おっしゃっていただいたように、どこかを切り取るというよりかは、お互いのことを思い合う気持ちをそのまま描きました。『With』の歌詞を読んで悟目線だと思う方も多いと思うんですが、みゆきからのアンサー的な気持ちも含めた2人の会話のようなものにしたかった。お互いを思い合う愛を注ぎ込んだ曲になるよう意識しました」
──内澤さんは幾田さんの「With」のデモを聞いて、どんなことを意識してアレンジしようと思ったんでしょう?
内澤崇仁(以下、内澤)「デモの段階ですごく素敵な曲だったので、『自分には何ができるんだろう?』と悩みました。劇判も自分が担当させていただくので、その流れを汲んだ一貫性のあるアレンジにすることが自分のやるべきことだと思いました。劇判と違和感がないよう意識して、仕上げていきましたね」
幾田「すごく美しいハーモニーと壮大なストリングスのアレンジをしてくださって、自分の書いた言葉に色がついているような感覚を覚えて感動しました。最初にアレンジのデモをいただいた時にあまりに感動して、歌を録る日まで歌詞をずっと練り続けていたんです。例えば、2番の2コーラス目に入ってからのアレンジがとてもダイナミックだったので、『普段だったら照れくさくて書けないようなストレートで強い歌詞でも、このアレンジがあれば大丈夫だ』と思い、2番のサビ前の『世界中の誰より一番近くで 君を信じ続けていく』という歌詞に変更したんです。内澤さんのアレンジに押し出していただいたことによって、言葉だけでちゃんと立っていられる歌詞になりました。感情に寄り添っていただいたとても素敵なアレンジだったので、すごく嬉しかったです」
内澤「ありがとうございます。すごく嬉しい言葉です。幾田さんが歌えば、どんなまっすぐな言葉でも説得力を持って耳に届くんだなと感じました。デモの段階から素晴らしかったのに、いろいろな彩りが加わって、言葉一つひとつが際立つ曲になった。メロディも素晴らしいのに歌も素晴らしくて、良い曲はどんなアレンジにしても良い曲なんだなって思いました」
幾田「そう言っていただけるとすごく自信になります! ありがとうございます」
──とても平易な言葉で書かれていて、しかも携帯や喫茶店といった劇中を思わせる具体的な言葉が出てこず、感情や状況を指す言葉だけで構成された歌詞ですが、それは意識したんですか?
幾田「インスパイアソングではあるのですが、『アナログ』を観た上で自分の経験を通して普遍的な愛の形を描きたかったんです。芯には『アナログ』がありますが、さっきお伝えしたような人と人とのつながりや愛の形をそのまま自分のフィルターを通して曲にしました」
内澤「学ぶことがたくさんありました。映画だけに寄っているわけではなく、ご自身の経験を通されたということで嘘がない説得力を感じました」
──内澤さんは劇判を制作するにあたり、どんなところにこだわりましたか?
内澤「『アナログ』という映画がとてもまっすぐでピュアな気持ちを描いた作品なので、音楽でドラマチックに脚色すると世界観を壊してしまうと思ったので、感情に寄り添うような音楽を作るということをまず心がけました」
──物語ではピアノとバイオリンが大きなポイントになっていますが、劇判にはギターの音色が入っています。そこに何か具体的な理由はあるのでしょうか?
内澤「悟はギター、みゆきはバイオリンというのが重要なモチーフになっているので、それぞれのシーンではそれぞれの楽器の音色がメインの曲が使われています。二人で歩いているシーンはバイオリンとギターが混ざった曲になっている。物語上、終盤でピアノが重要なモチーフになるので、あえてピアノは使わずに、幾田さんの『With』ではピアノがフィーチャーされています。あまり言うとネタバレになってしまうんですが」
幾田「私は映画を鑑賞した後の昂る気持ちのまま、ピアノの前に座ってラストシーンを思い浮かべながら、どんな音が欲しいかを考えながら曲を作りました。とてもピュアな物語なので、柔らかいものがすーっと降ってくるような音楽でありたいと思い、最初は言葉がいらないと感じたので、ハミングのような讃美歌のようなフレーズを入れたんです」
内澤「そういうことだったんですね! どうしてあのフレーズが生まれたのか気になっていたんです。何かしらを祝福しているような雰囲気を感じました」
幾田「そう感じていただけたなら嬉しいです! 普段はメロディを全部先に作ってから歌詞を書くんですが、今回はメロディと歌詞が同時に降りてきて『もうこれでしかない』と思いました」
内澤「確かにあそこの部分はデモの段階から変わってないですよね」
幾田「そこだけは変わらなかったです」
自分の生活を送りながら相手に思いを馳せる「アナログ」な関係
──お会いするのは今日が初めてということですが、そもそも同じミュージシャンとしてどんな印象を持っていましたか?
内澤「幾田さんは“すごい人”っていう印象です。歌も上手ですし、曲を作る才能もある。YOASOBIがデビューした時に、『この人たちは何者なんだろう?』と思って、めっちゃ調べたんです。そうしたら、幾田さんが中学生の頃の弾き語り動画を発見して。本当に歌が上手くて、人にしっかりと伝えられる歌い手さんはそこまで多くない中で、幾田さんはそういう方なんだなって思いました」
幾田「とても嬉しいです! ありがとうございます!」
──幾田さんは内澤さんやandropにどんな印象をお持ちでしたか?
幾田「今回初めてご一緒することになって、『曲を聞いてどう思われるかな』とか『どんなアレンジをしてくださるのかな』とわくわくしつつも緊張していました。以前、内澤さんの弾き語り動画を拝見したことがあるんですが、歌詞を見なくても言葉がしっかり胸に届く歌心をお持ちなんだなと感じ、物心ついた時から歌われてきた方なんだろうなと思っていたんです。でも先ほど、『andropを始めた時に歌も始めた』とおっしゃっていたので驚きました。それぐらい歌の説得力も、作られる楽曲も素晴らしくて、クリエイターとしてとても尊敬しています」
内澤「本当に光栄です」
──「アナログ」のみゆきはスマホを持っていないので、悟は木曜日は喫茶店でみゆきを待つわけですが、そういう関係性をどう思いましたか?
幾田「私は手紙でのやり取りが好きで、たまに書くのですが、それもあって、普段は連絡を取れずに自分の生活を送りながら相手に思いを馳せる悟とみゆきの関係性はとてもロマンチックだなと思いました。スマホがあればいつでも連絡が取り合えるし、SNSで相手の動向がわかったりしますけど、ふたりのような関係性は会えない時間が濃密になる気がしました」
──一週間に一度、会えるか会えないかわからない木曜日を待ち続けるという。
幾田「でも、今お話ししていて思いましたが、劇中のように相手が来ないと相当落ち込みそうですね」
内澤「落ち込みますよね。連絡する手段がないわけですし」
幾田「そのままもう会えないかもしれないってことですもんね」
内澤「大変ですよね。自分にはちょっと難しいかもしれないです(笑)」
──内澤さんは携帯が存在しない状況はいかがですか?
内澤「僕は楽曲制作をしている時は携帯を持っていないのと等しい状況になって、誰も連絡がつかなくなってしまうんですよね。周りの方たちにとってはすごく迷惑だと思います」
幾田「すごく分かります(笑)。私も申し訳ないぐらい、迷惑をかけてしまってると思います。没頭しないと曲が作れないところはありますよね」
内澤「そうなんです」
──幾田さんは携帯を持たない状況は想像できますか?
幾田「たまに家に忘れてきてしまって持っていないときがありますね。そうなると、少し食事しているだけなのに手持ち無沙汰な感覚になってしまう。『依存してるんだな』って思います。でも、ないならないで、人と一緒にいる時はお喋りしていれば携帯がないことが気にならなくなりますし、一人でいる時は周りのことに目が向けられる。高校生の時に家に携帯を置いて学校に行った時は、行き帰りの電車の風景がいつもと違いました。『夕日ってこんなに綺麗なんだな』っていうことに気付いたりして。そういうことに目を向けることは大事なんだなって思いました」
内澤「僕は何をするにも携帯を使っているんですよね。本を読むのもラジオを聴くのも携帯。そして、極度の方向音痴なので、携帯で地図が見られないとどこにも行けなくなるのでない生活は考えられないですね(笑)」
──『アナログ』も含めて、映画と音楽の関係性について、どんなことを考えていますか?
内澤「お互いがあってこそ成り立つものというか、相互作用でより良いものにできる関係性だと思っています。逆に言うと、どちらかが微妙だと両方を微妙にしてしまうこともある。そのぐらい親和性があるものですよね」
幾田「楽曲が体に入ってきた時にどこかワンシーンを思い出すきっかけになるようなものだと思っています。今回の『With』もそういう存在になれたらすごく嬉しいですし、これまで映画に関連する楽曲を手掛けさせていただいた時もそういうことを強く思いました」
──音楽が映画に良い影響をもたらしている作品は多くありますが、特に印象に残っている作品というと?
幾田「私はミュージカル映画を観ることが多いんですが、特に印象に残っているのはヒュー・ジャックマンさんが主演の『レ・ミゼラブル』です。映画館で観たんですが、とても感動して涙が溢れました。音楽があるからこそ、登場人物一人ひとりが放つ言葉の説得力が増すというか。登場人物が歌っている姿にこそ、その人の人生が映し出されている。本当に音楽が不可欠な作品だと思いました。他の作品ですと、『君の名は。』にも感銘を受けました。劇中のここぞという時にRADWIMPSさんの曲がかかる。自分が楽曲制作をする側になったことで、『君の名は。』の音楽に対してよりすごさを感じました」
内澤「僕はジョン・カーニー監督の『ONCE ダブリンの街角で』と『はじまりのうた』と『シング・ストリート 未来へのうた』という、自分の中で音楽三部作だと思っている作品群にすごく影響を受けています。映画音楽を作る上で参考にしているところもあって、何度も観ていますね」
『アナログ』
出演/二宮和也、波瑠、桐谷健太、浜野謙太 藤原丈一郎 なにわ男子、坂井真紀、筒井真理子、宮川大輔、佐津川愛美、鈴木浩介、板谷由夏、高橋惠子、リリー・フランキー
監督/タカハタ秀太
原作/ビートたけし『アナログ』(集英社文庫)
脚本/港岳彦
音楽/内澤崇仁
インスパイアソング/幾田りら「With」(ソニー・ミュージックエンタテインメント)
©︎2023 「アナログ」 製作委員会 ©︎T.N GON Co., Ltd.
analog-movie.com
10月6日(金)全国ロードショー
「アナログ オリジナル・サウンドトラック」
音楽:内澤崇仁
AVCL-84152 ¥3,300(税込)
2023年10月4日発売
avexnet.jp/
Photos: Takao Iwasawa Interview & Text: Kaori Komatsu Edit: Chiho Inoue