池松壮亮×森田剛インタビュー「ノンシャラントに生きるということ」 | Numero TOKYO
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池松壮亮×森田剛インタビュー「ノンシャラントに生きるということ」

池松壮亮が南と博という2人のジャズピアニストに、森田剛が10年の刑期を終えたヤクザを演じ、昭和63年の銀座の夜に、熱いジャズと“ある曲”が鳴り響く。映画『白鍵と黒鍵の間に』はジャズミュージシャン南博の青春の回想録を原作に、冨永昌敬が監督を務めた作品。時間軸が重なり捻れ、南と博、そしてヤクザの“あいつ”や夜の住人たちが交錯し、独特のグルーヴを生み出した本作に、2人はどんな想いで臨んだのか。

「ノンシャラント」の境地に憧れ、挫折し、迷子になっていく

──今作では、池松さんは、夜の世界のしがらみに囚われ、夢を見失ったピアニスト南と、ジャズマンという夢に向かって邁進する若者・博という2つの役を演じました。

池松壮亮(以下、池松)「この映画は、非常にチャレンジングかつ大胆な構成がなされてあります。人生のある一夜を断片的に切り取っていて、それによって、人間が時間の経過とともに変わっていく姿や、夢の狭間でここから抜け出したいけど抜け出せない時間、素朴にジャズピアニストを志した青年が、いつの間にか艶のある夜の街に染まっていく様子と、人生の隙間を演じられたらと思っていました」

──今回、ジャズピアニスト役でしたが、ピアノの経験は?

池松「少し触ったことがある程度で、ほとんど経験はありませんでした。この映画のために半年間の準備期間をいただいたので、とにかく『“あの”1曲だけ完成させます』と宣言しましたが、ジャズアレンジもあり、あまりにも難しくて、後からあんなこと言わなきゃよかったと後悔しながらピアノと向き合っていました(笑)」

──森田さんが今回、演じたのは、昭和のヤクザである「あいつ」ですが、この役についてどう解釈したのでしょうか。

森田剛(以下、森田)「冨永監督と話をする中で、徐々に掴んでいったという感じです。“あいつ”はまっすぐで信じるものがあるけれど、すごく寂しい男です」

──舞台は昭和63年の銀座。スクリーンからあの時代特有の匂いを感じました。お二人はこの時代の記憶は?

森田「僕は1979年なので生まれてはいるけれど、まだ小学生だったので、当然、銀座の夜の雰囲気は知らなくて。こんな時代があったんだという」

池松「僕は1990年生まれなので、生まれる前の時代ですが、この国で生まれ育ちましたし、人の記憶や、本や映画やドラマから、空気感はなんとなく手触りとして知っているような感覚でした」

──お二人とも、ずっとスクリーンやテレビで活躍しているので年齢の印象がなかったのですが、実は11歳離れているんですね。

森田「考えてみればそうだ! すごいな、一周り近く離れているんですね」

──Numero TOKYOで映画のコラムを連載をしている松尾貴史さんが銀座を牛耳る、熊野会長として出演していますが、共演していかがでしたか。

池松「松尾さんの役は、もしかしたらこの映画の中で一番、捉えどころのない人物かもしれません。話すことも中味がない、空虚なことをペラペラ喋っています。ヤクザのドンというよりも政治家のような風貌、と脚本には書かれていた気がします。松尾さんは毎日とても楽しそうに現場に来て、あの役を演じられていました。音楽を愛する気持ちや、森田さんとの“殺し合い“では、二人の救いのはずの音楽で争います。エネルギッシュかつ奇妙でユーモラスに、悲しく甘くあの人物を演じられている姿に、力をもらいました。とても素晴らしかったです」

森田「どんな世界でも上にいる人ほど、妙に人を惹きつけるものがありますよね。だからつい憧れてしまう、ついて行きたくなるような男くさい魅力がありながら、同時にチャーミングでもある。それが松尾さんはぴったりだったし、その反面、底が知れない怖さがあるというか、独特な匂いがしました」

──共演シーンといえば、銀座の高級クラブ「スロウリー」でのセッションシーンはとても豪華でした。

池松「音楽映画ならではの最も見どころのあるシーンのひとつです。テアトルが映画館にodessaを投入して、音響システムが強化されたんですが、今回の作品は、odessa投入後、一発目の企画として立ち上がりました。南やそれを取り巻く人生においても、とても重要なシーンでした。クリスタル・ケイさんが歌い始めると、現場もものすごく盛り上がりました。映画のラストに向けての凄まじい高揚感を、あのシーンで捉えることができたんじゃないかと思っています」

──ジャズが大きな要素となる映画の中で、鍵となる1曲が『ゴッドファーザー 愛のテーマ』だというのがユニークですね。この曲に対する思い入れや思い出は?

池松「この曲はあまりにも有名すぎて、映画の『ゴッドファーザー』を見たことがない人でも知っていますよね。原作の南博さんのエッセイにも、ご自身はジャズマンなのに1日に何度もこの曲をリクエストされて嫌になったというエピソードがあります。ですからこの映画はこの曲ありきでした。世界的に有名な曲だけあって、楽曲使用料がなかなか高かったそうで。もしかしたらこの映画で一番ギャラが高かったのはこの曲かもしれません(笑)」

森田「この映画の全てと言ってもいいんじゃないかな。僕の役は、イントロを聞いただけで涙が出るくらい、この曲に思い入れがあるんですね。そこに縋(すが)って生きている男の役ではありますが、僕自身はそこまで思い出はないですね(笑)。映画は10代の頃に観ていて、好きでした。男だったら憧れの世界ではありますから」

──劇中に「ノンシャラント(nonchalant)」という言葉が出てきましたが、これに関してはどのように解釈しましたか。

池松「これは概念のようなもので、なんでしょうね。直訳すると、“軽妙に”や“自由に”となるのですが、この映画の中で先生から託されるノンシャラントは、日本語には訳せないニュアンスとして出てきます。思うに、単なる軽妙さではなく、何かを突き詰めた人がその先に見えるもの、軽妙さとは逆の深さの奥にあるものだと思います。自分もノンシャラントな俳優でありたいと思っていますが、頭では解っても、まだそこに到底及ぶことはできていません。深みの中にある軽やかさを感じるこの形容し難いフランス語がとても好きです。主人公の南も、佐野史郎さん演じる恩師・宅見先生に言われたノンシャラントという言葉に救われ、後に、『ノンシャラントってなんだよ』と迷子になっていきます」

──森田さん演じる「あいつ」は、ノンシャラントとは対局のような人物でしたが、役作りはどのように?

森田「なるべく監督のイメージに近づきたいと思っていました。監督がおっしゃってることも、すごく理解しやすくて。“あいつ”は10年刑務所に入っていて、やっと出所してきた男なので、カラカラに乾いている感じというか、掠れている感じというか。それを出せたらいいなと思っていました」

二人で肩を組んだまま、じっとスタートの声を待っていた

──本作は、理想と現実の隙間に挟まった人間たちが繰り広げる、ある夜の出来事を描いていますが、お二人は、夢と現実の間で揺らいでいるとき、次なる一歩はどのように踏み出すのでしょうか。

森田「そうですね。まず、夢を持ったことがないんです。だから普段は、ノンシャラントじゃないけれど、僕は適当に生きています。何も考えていない。だから、撮影に呼ばれたときぐらい頑張りたいし、そこで頑張らないで俺はいつ頑張るんだと思っています。そうやって僕はバランスをとっているんでしょうね」

──夢を持たないことも、実は簡単なことではないと思うのですが、次の一歩を踏み出すときに指標にしていることは。

森田「自分のことは信じてるから。もっとできるんじゃないかという気持ちがモチベーションになっているんだと思います。この年齢になって、自分を好きでいるというのは大事なことのような気がしています」

池松「僕は理想と現実の間から抜け出した頃には、大体忘れちゃっているので。きっと、人はどうにかして抜け出せる力を持っているということなんだと思っています。宇宙の法則のように、人生も時代も、破壊と創造を繰り返しているのだと思っています。この映画では、どのように抜け出すかという教訓めいたことよりも、そういった夢と現実がある人生そのものを切り取っています。主人公は夢を追いかけ、美を求め、このままゴミ溜めのような人生で死にたくないと叫んでいます。ただ、その本人はまだ気が付いていないけれど、この映画と、ヤクザの“あいつ”だけは真実を語っています。それは人生に音楽があるということです。人生はいつだって儘(まま)ならないし、不完全なもので、その人生の連続性の狭間に起こる間を、主人公は音楽で埋めていたんだということを、“あいつ”とこの映画が教えてくれるんです。人生にはさまざまなことがあるけれど、人の人生の移ろいの間を、時代や世界の沈黙や静寂の間を、音楽や映画で埋めること。たった94分の作品ですが、そんな願いを込めてこの作品に取り組んできました」

ジャケット ¥104,500、パンツ ¥67,100/ともにBarena(三喜商事 03-3470-8232) シューズ ¥81,400/Foot the Coacher(ギャラリー・オブ・オーセンティック 03-5808-7515) その他 スタイリスト私物
ジャケット ¥104,500、パンツ ¥67,100/ともにBarena(三喜商事 03-3470-8232) シューズ ¥81,400/Foot the Coacher(ギャラリー・オブ・オーセンティック 03-5808-7515) その他 スタイリスト私物

──お二人はかなり芸歴が長いのですが、今回が初共演だったんですね。

森田「ずっと会いたかったので、共演できて嬉しかったですね。なんですかね、池松君の顔が好きなのかな。好きなんですよ、すごく。一緒に芝居するのも楽しかった」

池松「こちらこそですよ。共演が決まって嬉しかったけれど、そこから撮影に入るまで時間がだいぶ経ってしまって、ようやく撮影が始まって森田さんに会えたときはとても嬉しかったし、撮影中、とにかく楽しかったです。“あいつ”は主人公が気が付いていない、この映画の本質、物語の核の部分、裏側、それをほとんど背負うような役だったと思います。森田さんの役へのアプローチも見事で、やっぱり面白い方だなと思いました。ご本人が多くを語らず、その凄みをひけらかさない人だから、隣で僕がベラベラ喋るわけにはいかないけれど、作品をご一緒して、今の時代にこんなにも真剣に役と向き合う方がいるんだと驚きました。この作品において、実は一番音楽を求めているのが“アイツ”です。しかもそれがヤクザという、そのファニーさ、悲しさとピュアさと切実さ。本質を突きながら、軽快でもある。この役もノンシャラントを体現するようなキャラクター設定だったと思います。それを驚くほどに体現されていて、隣で見ながらいつも力をもらっていました」

森田「ひとつ今、思い出したことがあるんですけど、池松君と二人三脚をするシーンがあって、早めに脚を紐で結んでスタンバイしていたんですが、ちょっと緊張していて、早めに肩を組んでしまったんです。そうしたら、なかなかスタートがかからなくて、かなり長い間、肩を組んだままの状態だったんですけど、池松君に『僕らのスタンバイ、早くないですか?』と言われて(笑)」

池松「たまに、10代の駆け出しの俳優さんなんかが男女で手を繋ぐシーンを撮る時に、直前に手を繋いだつもりが、なかなかスタートがかからなくて、でもリリースするタイミングも分からなくなって手がじっとり汗ばんだ気まずい状態で待っているみたいな状況があるんです。それとほぼ同じような状況で、森田さんがなかなか解除してくれなくて。肩を組んじゃうと当然顔も身体も近いじゃないですか。それで言いにくかったんですが『解除してください』ってお願いしたんです(笑)」

映画『白鍵と黒鍵の間に』

昭和63年の年の瀬。夜の街、銀座では、ジャズピアニスト志望の博(池松壮亮)が場末のキャバレーでピアノを弾いていた。博はふらりと現れた“あいつ”(森田剛)にリクエストされた「ゴッドファーザー 愛のテーマ」を演奏するが、その曲は銀座界隈を牛耳る熊野会長(松尾貴史)が、お気に入りのピアニスト南(池松壮亮)だけに演奏を許した曲だった…。

監督/冨永昌敬
脚本/冨永昌敬、高橋知由
原作・エンディング音楽/南博「白鍵と黒鍵の間に」(小学館文庫刊)
音楽/魚返明未
出演/池松壮亮、仲里依紗、森田剛、クリスタル・ケイ、松丸契、川瀬陽太、杉山ひこひこ、中山未来、福津健創、日高ボブ美、佐野史郎、洞口依子、松尾貴史/高橋和也
配給/東京テアトル
URL/hakkentokokken.com/
©︎2023 南博/小学館/「白鍵と黒鍵の間に」製作委員会
10月6日(金)テアトル新宿ほか全国公開

Photos: Takao Iwasawa Hair & Makeup: Ayumu Naito(Sosuke Ikematsu), Takai(Go Morita) Styling: Satoshi Yoshimoto(Go Morita) Interview & Text: Miho Matsuda Edit: Chiho Inoue

Profile

池松壮亮Sosuke Ikematsu 1990年7月9日生まれ、福岡県出身。2003年『ラストサムライ』で映画デビュー。14年に出演した『紙の月』、『愛の渦』、『ぼくたちの家族』、『海を感じる時』で、第38回日本アカデミー賞新人俳優賞、第57回ブルーリボン賞助演男優賞を受賞。17年に『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』などで第9回TAMA映画賞最優秀男優賞、第39回ヨコハマ映画祭主演男優賞を受賞。18年に『斬、』で第33回高崎映画祭最優秀男優賞を受賞。19年に『宮本から君へ』で第93回キネマ旬報ベスト・テン主演男優賞、第32回日刊スポーツ映画大賞主演男優賞、第41回ヨコハマ映画祭主演男優賞などを受賞した。近年の主な映画出演作に『アジアの天使』、『ちょっと思い出しただけ』、『シン・仮面ライダー』、『せかいのおきく』などがある。待機作として『愛にイナズマ』の公開が23年10月に控えている。
森田剛Go Morita 1979年2月20日生まれ、埼玉県出身。95年、V6のメンバーとして『MUSIC FOR THE PEOPLE 』でCDデビュー。2005年、劇団☆新感線の『荒神~Arajinn~』で舞台初主演を務めた後、『 IZO』や『ブエノスアイレス午前零時』、『すべての四月のために』、 『空ばかり見ていた』、『 FORTUNE』、『みんな我が子』などに出演。主な映画出演作に『ヒメアノ~ル』、『前科者』、『DEATH DAYS』などがある。23年10月より主演舞台『ロスメルスホルム』の公開が控えている。

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