【デザイナー森永邦彦インタビュー】ファッションを宇宙へ。アンリアレイジの挑戦 | Numero TOKYO
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【デザイナー森永邦彦インタビュー】ファッションを宇宙へ。アンリアレイジの挑戦

対極にあるものの境界線を取り払い、ファッションを介してつなぐことをコンセプトに掲げるアンリアレイジ。デザイナーの森永邦彦が2022AWに選んだテーマは「PLANET」。この言葉から想起されるイメージと、宇宙とファッションを掛け合わせることで生まれる可能性について話を聞いた。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2023年1・2月合併号掲載)

「宇宙服」によって気づく私たちが着る「地球服」の概念

──ご自身にとって宇宙とは、どういった存在ですか。

「幼い頃から藤子・F・不二雄の作品が好きで、特に『ドラえもん』は謎多き宇宙や次元について考えるきっかけになりました。二次元と三次元、アニメと実世界、光と影など対極のもの同士をファッションを介してつなぐ表現を続けてきたので、それに次ぐテーマを探っていました。距離にとらわれないデジタルコレクションであれば、地球と最も距離がある宇宙もファッションとして表現できるのではないかと考え、初めて宇宙をテーマに服作りを行いました」

──2022-23AWのテーマを「PLANET」とした理由をお聞かせください。

「地球と衛星である月の関係を取り上げて、星と星をつなぎたいという思いからです。実際に月面で着る服は、14層ものレイヤーで命を守る小型宇宙船のようなもの。『大きな装置としての服』と『われわれが日常的に着ている服』を共存させてみたいと思ったんです。正しい知識のもとクリエイションを行いたかったのでJAXAと協業し、まずは宇宙服の構造を学びました」

──デザインはどのような考えのもと生まれたのでしょう。

「服の役割はさまざまですが、宇宙服は人命を守ることが最優先で、無重力空間ではこれがなくては生きていけません。地球の消費社会でいうファッションとは真逆ですが、今後、民間人が簡単に宇宙へ行くようになると考えると、日常的なファッション性が宇宙服にも求められます。宇宙服の原型を使ったスカートが揺れ動くドレスのようなものを提案したいと思いました」

3Dスキャンを駆使したコレクション制作とは
空気で膨らませたパッドを内蔵する模型として布製の宇宙服を作成。それを宇宙服を着た状態の人だと想定して3Dスキャンで取り込み、デジタル上で再現。パッドを取り除き重力がかかったときの形状変化からデザインを展開していった。「宇宙服は、必然的に身体が拡張されているので、地球上で着ると垂れ下がって、ネックラインも独特のボリュームとフォルムのアームホールになります。パンツも2人分が入るような大きさなので、重力がかかると萎む生地をラッフィングしました。このプロセスから、服づくりのヒントを得ていきました」

──宇宙服のデザインやディテールをどのように落とし込みましたか。

「宇宙服を3D上で解体していくと、ネックラインもアームホールも正円で、すべてが円筒構造。前傾姿勢にならないと歩けないため、腕の部分は前側に付いています。多層のレイヤーが気密を保ち、断熱性が保たれている。無重力空間に適した服が、地球上で重力がかかったときの形状変化をデザインに生かしました。また、素材については宇宙服で使われている、マイナス196度でも外の冷却を中に通さないエアロゲルという素材でできています。地球上で最も質量が軽い素材で、それを繊維にしたものが宇宙素材と呼ばれるもの。コレクションでは宇宙素材を混ぜたテキスタイルを作り使用しました。地球上で着用すると、非常に暖かく感じます」

未知なる宇宙に思いをはせて地球の明るい未来を思案する

──ファッション×宇宙では、どのような可能性が生まれると考えていますか。

「地球に住む以上、物づくりをする方は地球の常識から逃れられないわけです。ファッションも、布の重量や造形については重力がないと成り立たない。その常識から離れることで、これまで考えられなかった造形やマテリアルが生まれるはずです。宇宙には朝や夜、一日が24時間という概念はないので、まったく新しい衣服が誕生する可能性がある。宇宙服を開発している方々も工学的側面のみで、ファッションの文脈はなし。宇宙と日常生活との隔たりがなくなるほど、『何かを纏いたい』という人間の欲求は強まってくる。機能性だけではなく、着たときの高揚感や驚きが必要になってくると思います。宇宙から来た未知なものが、地球でファッションとして受け止めるということ。ファッションになって初めて『宇宙=日常』になり、価値観の変革と日常生活の変化が訪れるのです。コレクション自体は2030年を想定していて、ドレスやスカート姿で宇宙に行く人が現れるのではないかとイメージしています。重力にとらわれることなくファッションを楽しめる宇宙服が、遠くない未来に、登場するはずです」

宇宙服の常識を覆す宇宙空間で揺れるドレス
「宇宙服は時代によって変遷がありますが、パンツルックで装飾性はなしというフォーマットがあります。宇宙開発自体に男性社会のロボティクスなイメージがあるので、真逆にある柔らかでギャザーやドレープ、フリルなど女性服のドレスの世界を持ち込めたら面白いのではないかと考えました」。仮想空間で宇宙にいる感覚を経験するだけで、さまざまな価値観の変化が生じ、「宇宙服」とういう名称が当たり前になっているけれど、その対極として「地球服」の意義や問題について見つめ直すきっかけになったという。

──宇宙を知ることで得たことは?

「実は、23年3月に国際宇宙ステーションで、初めてファッションショーを開催する予定でした。それが国際情勢の悪化で中止に。他に表現方法を模索し、JAXAの宇宙探索棟で、映像とルックを撮影しました。月面形状や日照環境、砂まで実物と同じ。非公開施設ですが、今後の宇宙服開発の裾野を広げるという意味合いを理解していただいて実現しました。しかし、撮影日の前日にウクライナ戦争が勃発。偶然ですが起用したモデルの国籍がウクライナとロシア、アメリカ、日本だったんです。月では地球上でいう『日の出』のように『地球の出』を見ることができます。映像のストーリーは「地球の出」をモデルたちが見て、共に地球へ戻っていくという構成になっていました。そのとき、地球にいると確かに国境の隔たりを感じますが、月から地球を見ると、地球は何の隔たりのもない一つの惑星だと感じたんです。この視点の変化が、このコレクションを通していただいたギフトです。多くの人がデジタル空間の宇宙から地球を見ることができたら、人種間の互いへの感覚は確実にポジティブなものに変わると思います」

──逆に苦労したことはありましたか。

「まったくの未知の世界だということ。広大な銀河に比べると地球の小ささが身にしみます。ハッブル宇宙望遠鏡が捉えた星の本が好きなんですが、宇宙の雄大さを実感すると頭がパンクしそうになる。これまではテキスタイルを20倍、30倍に拡大して布地の組織図をミクロの世界で見て、裸眼で見るのとは異なる世界に興味を持っていました。それと対極にあったのが宇宙への視点。目に見えていない巨大な世界がすぐそこに広がっていることを否が応でも実感します。今後は、デジタル、メタバースで見えていない世界を可視化することが、人類にとって大きな意味を持ってくる。そういった大きな視点が問題を突破する鍵になるのだと思います」

月面で撮影したようなドラマティックな映像
JAXAの月面を再現した400㎡ほどの宇宙探査実験棟で2022AWのイメージ映像とルックを撮影。1969年に人類で初めて月面に降り立ったアメリカ人宇宙飛行士ニール・アームストロングの言葉「惑星地球より来たる人類、ここ月面に降り立つ。我ら全人類の平和のために来たれり」で映像は幕を開ける。「モデルが着用したシューズは、アームストロングへの敬意を込めて、彼が初めて月面に降り立った足跡からソールのデザインを起こしました。この撮影は地球人であることを考え直す機会になりました」

──今後、宇宙×ファッションで挑戦したいことがあれば教えてください。

「宇宙飛行士をはじめ、JAXAの方々の未知なものに挑む姿勢やフロンティアスピリッツに、大きな刺激をいただきました。本来はファッションデザイナーこそ、そういった姿勢であるべきです。新たな世界に向けて今後も価値観を進化させていきたいです。人はどんな時代でもつながりを求めるものだと思っています。コミュニテイを形成するものが、私の時代は「何を着るか」でしたが、それがSNS、さらに子どもたちの世代ではメタバースになってきているかもしれません。しかし、まだ人とのつながりをもてていない場所こそが、宇宙だと思っているので、今後も宇宙に対する好奇心を持ち続けていきたいですね」

Photo:Kouki Hyashi Text:Aika Kawada Edit:Saki Shibata

Profile

森永邦彦Kunihiko Morinaga 1980年生まれ、東京都出身。早稲田大学社会科学部卒業。在学中にバンタンデザイン研究所に通い服づくりを始める。2003年「アンリアレイジ」として活動を開始。05年より東京コレクションに参加。14年秋、15S/Sよりパリコレクションデビュー。

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