映画・小説・マンガのアレが食べたい! 【小説&マンガ編】
映画や小説のなかの食べ物はなぜだか強烈に印象に残る。映画と酒の雑誌『映画横丁』を手がける月永理絵と本と食べ物を愛してやまない林みきの2人のライターが、物語に登場するとっておきの食べ物を教えてくれた。今回は、小説&コミック編。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2022年6月号掲載)
『3月のライオン』
心を奮い立たすフレンチトーストとコロッケ
15歳でプロ棋士となった桐山零を取り巻く人々の生きざまを描く本作。零を支える川本家の次女・ひなたがいじめ問題に巻き込まれ、親代わりの長女・あかりが学校に呼び出されたとき、あかりがひなたに食べさせるのが生クリームののったフレンチトーストと牛肉コロッケという、長期戦でも妹を守る覚悟がうかがえる高カロリーのおやつ。おいしい食べ物は、いつでも心を奮い立たせてくれるのだ。
『3月のライオン』 1〜16巻 羽海野チカ/著(白泉社)
『海が走るエンドロール』
喪失感を呼ぶ、若者のためのカルパッチョ
映画館で知り合う65歳のうみ子と、美大で映像を学ぶ海。初対面の彼に創作欲を見抜かれたうみ子は、奮起して美大へと入学する。海に食事を振る舞うことになり、カルパッチョなど若者の好みに合わせたと思しき料理を作るうみ子。料理が並んだ食卓を前に、久々に誰かのために料理をしたことと、亡き夫の不在を実感する。日々、食卓を囲む誰かがいることも一つの幸せなのだと教えられる。
『海が走るエンドロール』 1〜2巻 たらちねジョン/著(秋田書店)1巻
『ようこそ! アマゾネス☆ポケット編集部へ』
文芸業界の女傑の胃袋を支える肉
時代の潮流を捉えた人気小説を連載し続ける文芸誌『アウト・ポケット』。その編集長であり、文芸業界の女傑(と書いて「アマゾネス」と読む)としてリスペクトされる才堂厚子。才能を嗅ぎ分ける鋭敏な嗅覚を常にフル稼働させ、曲者ぞろいの小説家すら赤子のように手なずける彼女の活力源が肉。隙あらば肉を喰らう才堂の姿は、名作を生むのに必要なエネルギー量をこの上なく表している。
『ようこそ! アマゾネス☆ポケット編集部へ』 朱野帰子/著(新潮文庫)
『わたし、定時で帰ります。』
働く活力源となるハッピーアワーのビール
とある理由から、定時で帰ると心に決めた会社員の東山結衣。彼女の活力と幸せとなっているのが、会社の近所にある中華店で飲むハッピーアワー価格のビール。不真面目と見なされても定時退社を続ける結衣だが、部下をつぶすと噂のブラック上司の着任により幸福な日々に危機が訪れる。同僚と仕事終わりの一杯を守るべく奮闘する結衣。仕事を終えた後に彼女が飲むビールは、実においしそう!
『わたし、定時で帰ります。』 朱野帰子/著(新潮文庫)
「さくら日和」
憧れと淡い恋の味がする、たいやき
一度だけ食べた、近所の人気店のたいやきの味を忘れられない主人公の美樹。ある春休み、店のお兄さんに声をかけられ、たいやきをタダでもらう代わりに近くの公園で食べるという内緒の約束を結ぶ。店へと通ううち、お兄さんへの憧れを募らせる美樹だったが、母に約束を見破られ……。たいやきに込められていた秘密がもたらすほろ苦さは、まるで香ばしい皮の奥に秘められた味わいのようだ。
辻村深月/著 『ショートショートドロップス』 新井素子/編(KADOKAWA/角川文庫)所収
『メタモルフォーゼの縁側』
初めてのマンガ談議と、デニッシュ&ソフト
17歳の高校生・うららと75歳の老婦人・雪の交流をたおやかに描く本作。うららのバイト先の本屋で、BLマンガをきっかけに意気投合する二人。誰かとマンガ談議をしてみたかった雪が、思い切ってうららを誘った喫茶店で注文するのがデニッシュパンのソフトクリームのせ。甘さたっぷりの一皿は、時に勢いが甘美なギフトをもたらすことの象徴のようにも見えてくる。
『メタモルフォーゼの縁側』 1〜5巻 鶴谷香央理/著 (KADOKAWA)