柚木麻子に聞く、おいしい表現の秘密 | Numero TOKYO
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柚木麻子に聞く、おいしい表現の秘密

ベストセラー『BUTTER』のバター醤油ご飯をはじめ、数多くの著書で食べ物を魅力的に描いてきた作家の柚木麻子においしそうな食の表現はどのようにして生まれるのか、また欲望や生活に密着した“食”を描くことで見えてくることについてインタビュー。そこには自身の体験に基づく社会構造への疑問があった。鋭い目線で社会を見つめる柚木の本音トークが炸裂!(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2022年6月号掲載)

人生が反映されるフード描写

──柚木さんの作品で描かれる食べ物の描写はどれも印象的ですが、短編集『ついでにジェントルメン』所収の「エルゴと不倫鮨」では小洒落た鮨屋の会員客と、子連れでやって来る一見の女性客が注文する鮨ネタやワインの対比も面白くて。

「私、ああいうしゃらくさい鮨屋が大嫌いで、腹の底からバカにしているんですよ。なのに、出産したらすごく行きたくなってしまったんです、シャンパンと炙ったウニを出すような店に。実はよく似た店が行きやすい場所にあり、経営がうまくいかなくなったのか、私が出産した頃に“お子さまも歓迎”みたいになったんですよ。でも実際に授乳期が終わったタイミングで子どもを抱えて行ってみたら使い勝手は悪いわ、お子さま歓迎のわりには冷淡だわで、居心地の悪い思いをして。近所に住むワインに詳しい知人にその話をしたら『ああいう店ってさ、必ずワインの樽香の話をするやつがいるよね』という話になり、その人があまりにも的確な悪口を言うのでうれしくなって書き留めたメモから生まれた短編なんです」

──小説の場合、文字だけでおいしさを表現しないといけないから、実食とか取材とか大変そうですね。

「実は私、食べたことのないものも平気で書いています。『BUTTER』のエシレバターを使ったバター醤油ご飯も食べたことがないまま書いていたし、『〜不倫鮨』のナッツの樽香がする軽いワインもしゃらくさい鮨も食べてないんですよ。なにせ子どもが泣くから、カリフォルニアロールを食べたくらいで店を追い出されましたから(笑)。でも、味がわからないからこそ、食べてみたいという気持ちが生まれて、おいしそうに描けるのかもしれないです」

──登場人物にどんな味わいのものを食べさせるかは、けっこう考えた上で決められているのですか?

「私はあのお母さんに感情移入していたから、自分が食べたいもの、飲みたいものにしていました。なんか、別にすごく食べたいわけではないフワフワしたものを口にしたくないっていうのが、私の中にあるんだと思うんです。もし作中に登場する食べ物がおいしそうに思えたら、それは私がそれを心底食べたいと感じながら書いたからではないかと(笑)」

『ついでにジェントルメン』(文藝春秋) 記事中で触れた「エルゴと不倫鮨」、美容外科に置かれた児童文学全集によって人生が変わる人々を描いた「あしみじおじさん」など、柚木節が冴え渡る7編を収録した短編集。社会へのモヤモヤを感じている人は一読を。
『ついでにジェントルメン』(文藝春秋) 記事中で触れた「エルゴと不倫鮨」、美容外科に置かれた児童文学全集によって人生が変わる人々を描いた「あしみじおじさん」など、柚木節が冴え渡る7編を収録した短編集。社会へのモヤモヤを感じている人は一読を。

──「立っている者は舅でも使え」に登場する、居酒屋のフライドポテトや明太チーズいももちと、お酒の描写も実においしそうでした。

「短編集に収録されている作品は子育てをしながら書いていたので、とにかく飲みに行きたい、居酒屋に行きたい、となっていたんですよ。自分の人生が描写にすごく反映されているんだと思います。でも、出産してから景色が変わって見えて、世の中の不均等が見えてきたんです。ベビーカーを蹴られたり、舌打ちをされたり、嫌な思いをけっこうしていて。あと子連れだと入れる飲食店は少ないし、『〜不倫鮨』のような鮨屋はデート用のお店で、カップルもしくは家事育児をしない男性が若い女性と行くお店だったりする。そこに家事育児をしている人がなぜ入ってはいけないのか。そう考えることによって、世の中は家事育児を誰かにやってもらえる家庭を持った、年収の高い男性によってつくられていて、そこから自分が漏れていることに気がついたんです。男性中心の世界でも、もはやその“男性”からこぼれている若い世代の人も多いのではないかと思います。もう出産前とでは本当に世界の見え方が変わりました」

児童文学がルーツだという気づき

──大河小説の『らんたん』では、河井道が大のうなぎ好きとして描かれていましたが、あれは柚木さんの創作なのでしょうか。

「『らんたん』は実話ベースで、確かめようがないことは私の想像で書いているんですが、道先生は実際にうなぎとメロンが大好きだったんですよ。当時としては聖職者の教師としてあり得ないくらい俗っぽい食の好みだったらしいんですけど、私はそれで道先生のことを面白く感じるようになってしまって。でも『らんたん』を書いて、欧米と日本の違いって何だろうと考えたとき、資本家たちがキリスト教精神に基づいて、公共にお金を投資する文化で。それも一長一短あるので全てが良いとは言えませんが、日本にはその考えがなさすぎる。現在の空前のバターブームが来る前に私は『BUTTER』を書いたのですが、カロリーも値段も高いけど足せば料理を確実においしくしてくれるバターへの信頼は、日本という国のケチさ加減に気がついたところから来ているんですよ」

『らんたん』(小学館) 恵泉女学園創立者である河合道と、道の右腕だった渡辺ゆり。シスターフッドの契りを結んだ二人の、明治から昭和にかけて女性の教育に尽力する人生を追った大河小説。数々のおいしそうなフード描写にもご注目を。
『らんたん』(小学館) 恵泉女学園創立者である河合道と、道の右腕だった渡辺ゆり。シスターフッドの契りを結んだ二人の、明治から昭和にかけて女性の教育に尽力する人生を追った大河小説。数々のおいしそうなフード描写にもご注目を。

──『マジカルグランマ』では、倹約のためにバターの代わりにサラダオイルを使って作ったクッキーが登場しますよね。

「お金がない人の場合は節約だからケチだとは思わないんですけど、人にシェアするお金も権力も持っている人ほど、絶対に若手に地位を譲らない。近年流行った“論破”も、会話のコスパが悪いから話をすぐに終わらせるためにするものだったりする。それと現代のハラスメント問題ともつながることですが、自分の言うことを聞く人と確実にセックスをしたいとなったら暴力に向かうじゃないですか。そう考えたら、富める権力側に根ざしている自己中心性と想像力のなさ、精神の貧困からすべてが来ていると気づき、わーっとなって。たぶんそれは『BUTTER』でも描いたことなのかなって」

『マジカルグランマ』(朝日新聞出版) 結婚により主婦となった、元女優の正子。倹約生活を送る中、75歳を目前に再デビューを果たすも夫の死によりスキャンダルに巻き込まれる。社会の不寛容さや差別をものとせず、したたかに生きる正子の姿は実に痛快!
『マジカルグランマ』(朝日新聞出版) 結婚により主婦となった、元女優の正子。倹約生活を送る中、75歳を目前に再デビューを果たすも夫の死によりスキャンダルに巻き込まれる。社会の不寛容さや差別をものとせず、したたかに生きる正子の姿は実に痛快!

『BUTTER』(新潮文庫)  世間を沸かした連続不審死事件の被告人に面会を取り付けた、週刊誌記者の主人公。しかし被告人の言動により外見も内面も変貌してゆく物語を描いた社会派長編。バターの描写に食欲を刺激されすぎないよう、要注意。
『BUTTER』(新潮文庫)  世間を沸かした連続不審死事件の被告人に面会を取り付けた、週刊誌記者の主人公。しかし被告人の言動により外見も内面も変貌してゆく物語を描いた社会派長編。バターの描写に食欲を刺激されすぎないよう、要注意。

──そのケチさがなくなると、『ついでにジェントルメン』のあしながおじさんならぬ「あしみじおじさん」のラストみたいになりそう。

「私の作家としてのルーツは、突き詰めると海外の児童文学なんじゃないかと思うのですが、私が好きだった少女小説は主人公の女の子よりも資本家の意識が変わるところで話が終わる作品がすごく多い。それこそ『アルプスの少女ハイジ』は経済小説で、ハイジがどれくらいのお金をゼーゼマン家から引っ張ってこれるかという、お金が動く話だとわかって」

──ハイジ、恐ろしい子…っ!

「恐ろしい少女なんですよ(笑)。性的な魅力とかではなく、ハイジの『アルムでのびのび暮らしたい』『クララとも仲良くしたい』という両立不可能な願望を体を張って主張しつづけたことで、ゼーゼマン家に革命をもたらし、彼を資本家から慈善家へと変える。でも私が好きだった作品は全部そういう話で。貧乏でも笑っているというのが日本の文学だとしたら、海外の文学は資本家を慈善家へと変えて、お金を引っ張ってきたから笑っているんだと気づいて、すごいなと思ったんですよ。経済をナメていないからこそ、欧米の児童小説に胸を打たれたんだと思います。それがわかったら作品の見え方も変わって、『若草物語』や『赤毛のアン』も今の価値観で見るとちゃんとしたフェミニズムだとか、腑に落ちることがいっぱいあって。そういった楽しい物語の中にライフハックが入っていることを私は書きたいんだなと、ふと気づかされたのが『あしみじおじさん』でしたね」

眼鏡を外した菊池寛の銅像と見つめ合う。
眼鏡を外した菊池寛の銅像と見つめ合う。

──『ついでにジェントルメン』はさまざまなライフハックにあふれている短編集だと感じます。

「多くの読者にとっても、そうなるといいなと思います。でも『若草物語』にしろ『赤毛のアン』にしろ、作中に登場する食がすごく印象的なんですよね。最近、樋口一葉の『にごりえ』を読んだんですけど、やっぱりカステラがすごく気になってしまって(笑)。自分が本を読むときは、登場する食べ物が記憶に残るし、気になった食べ物がどんなものなのかを考えることが好きだから、自分の小説にも食べ物を登場させるのだと思います。アストリッド・リンドグレーンの『やかまし村』シリーズに登場するザリガニとか、今だったらイケアで食べられますけど、当時は“ザリガニって食べられるの!?”みたいな感じでしたし。大人になって、子どもの頃に本で知った食べ物に遭遇すると楽しいですし、やっぱり自分のルーツは海外の児童文学にあるのだと感じます。いま読んでいる翻訳小説でも“これ何!?”となることが多々あるから、10年後とかに実際食べることができたら、すごくうれしいですね」


Photos:Ayako Masunaga Interview & Text:Miki Hayashi Edit:Mariko Kimbara

Profile

柚木麻子Asako Yuzuki 1981年、東京都生まれ。立教大学文学部フランス文学科卒業。2008年に「フォーゲットミー、ノットブルー」でオール讀物新人賞を受賞し、10年に同作を含む『終点のあの子』でデビュー。『ナイルパーチの女子会』で15年に山本周五郎賞を、16年に高校生直木賞を受賞。近著に『らんたん』『ついでにジェントルメン』など。料理と食を通して日常を考察するエッセイ「とりあえずお湯わかせ」をNHK出版のWebサイト「本がひらく」で連載中。

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