【連載】「ニュースから知る、世界の仕組み」 vol.13 元刑務所を購入しアートセンターに。バンクシーの資金調達
Sumally Founder & CEOの山本憲資による連載「ニュースから知る、世界の仕組み」。アートや音楽、食への造詣が深い彼ならではの視点で、ニュースの裏側を解説します。
今回は、バンクシーが15億円ほど費用を調達して、オスカー・ワイルドが同性愛の『罪』で収監されていた刑務所だった建物をアートセンターにコンバージョンしようとしているニュースをとりあげます。
vol.13 バンクシー、英・レディングの元刑務所を購入しアートセンターにするために資金調達
Banksy offers to raise £10m to buy Reading prison for art centre
https://www.theguardian.com/artanddesign/2021/dec/05/bansky-offers-to-raises-10m-to-buy-reading-prison-for-art-centre
オスカー・ワイルドのことを『2つの対照的なアイデアをぶつけて魔法を生み出す守護聖人』と評しているバンクシー、偉大な作家のことを彼が敬愛してやまないことが伺える。バンクシーは「彼を破滅させた場所をアートを“救済”できる場所にコンバージョンできるなんて完璧なアイデアだ」と、競売に出されていたこの建物を手に入れるために情熱を燃やし、作品の販売や寄付を通してバンクシーは15億円を調達。女優のジュディ・デンチやケイト・ウィンスレットもプロジェクトに対して資金を拠出し、この建物を購入したい旨をバンクシーが法務省に申し出ているのが現在の状況とのこと。
バンクシーはそもそもこの建物に興味を持っていたわけではなく、鉄道が運休になった際にバスでの代替輸送になった際にここを通りかかり「街のど真ん中に500メートルに渡って絵をかける場所は他にはない」と感じ、今回のオファーに繋がっていったという。物件を管理する法務省は現在このオファーを受けるかどうかを検討しているとのことながら、地元の有力者からは「この話を断るなんて犯罪的だ」といった話も出ているほどらしく、再開発されてアパートになるといった話に比べると地域にとっても魅力的な話なのだろうと思われます。
オークションではバンクシーの作品に二桁億円の値段がつくことが珍しくなくなっていますが、今回のようなプロジェクトが実現すると、まだまださらにその価値は高まっていくことが予想されます。世に出た作品の価値の総額を仮にそのアーティストの時価総額とみなすと投資額以上の価値上昇が見込まれて、エコノミクス的にも“投資対効果”の高いプロジェクトとも言えます。
今回のように一見プロジェクトそのものがどう収益を生んでいくのかが見えにくいものであったとしても、この投資がバンクシーの場合は作品への付加価値としてしっかりと反映されて、それがまた新たなプロジェクトにつながっていきそうです。これまでにもバンクシーは、イギリス、サマセット州でのディズマランド(2015)やパレスチナのベツレヘムでのThe Walled Off Hotel(2017〜)といった規格外のプロジェクトを実現してきましたが、ここまで圧倒的な好循環を生むことができるアーティストは限られるものの、こういった形で社会に対して意義のある投資を持続的に続けることができるスタイルは、ひとつアートの世界のSDGsとも言えそうな気もします。
ブロックチェーンの活用等で二次流通でのトランザクションからアーティストが収益が得られるような仕組みはその一環といえるかもしれないですが、こういった投資を経た価値上昇分からアーティスト本人も取り分を得られる構造が整備されていくことで、アーティストによる社会に対するこういう投資がより加速していくことが想定されます。企業においてもボランタリーに社会活動に取り組むところに留まらず、意義のある投資が行われることで、よりそういう企業の商品が手に取られ、市場からの評価も高まり、投資が加速していくといういい循環が大きくなっていくことがやはり理想のかたちのひとつなのだろうと改めて思います。
Text:Kensuke Yamamoto Edit:Chiho Inoue