宇多田ヒカルの新曲「君に夢中」。ピュアでエレガント、そして確かな熱をもった「最愛」の主題歌 | Numero TOKYO
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宇多田ヒカルの新曲「君に夢中」。ピュアでエレガント、そして確かな熱をもった「最愛」の主題歌

最新リリースの中から、ヌメロ・トウキョウおすすめの音楽をピックアップ。今回は、宇多田ヒカル「君に夢中」をレビュー。

大切なものへのピュアな気持ちを描く、繊細かつエレガントなナンバー

宇多田ヒカルの新曲「君に夢中」は、先日最終回を迎えたTBS系ドラマ「最愛」の主題歌。その情報を知らないままドラマを見始めた筆者なのだが、劇中でイントロが流れるや否や「これは今の日本のアーティストの中では、宇多田ヒカルにしか出せない音だ」と確信したことを鮮明に覚えている。クラブ・ライクなビートを主軸にしながらも、実にエレガントなサウンド・メイク。本人が海外在住ということもあるが、現行の国外のポップ・ミュージックのトレンドにアジャストしながら、作品ごとにその感性をアップデートしていく宇多田ヒカルの音楽はいつも私たちを想像以上に驚かせてくれる。 映画『シン・エヴァンゲリオン劇場版』の主題歌「One Last Kiss」と同様、イギリスを拠点にするプロデューサー、A. G. Cookが共同プロデュース。彼はバブルガム・ポップを思わせるキャッチーなメロディーに、ユーロ・ビートや、グライムなどのイギリスのラップ~エレクトロニック・ミュージックなどの要素を取り入れたバブルガム・ベースというジャンルの先駆者であり、Charli XCXのプロデューサーとしても知られる人物なのだが、そういう点において、J-POPの延長線上にある歌モノとしての側面もありながら、エレクトロニックなビートにそうしたメロディを乗せていくことに磨きをかけている昨今の宇多田とのタッグも頷ける話であり、相性も抜群なのだろう。

ただ本曲は他のA. G. Cookの楽曲と少々異なり、極めて繊細な音像に仕上がっていることに驚かされる。もちろん、クラブ・ミュージック由来のトラック・メイクであるがゆえ、キックの音は重くベースラインはうごめくようではあるのだが、スネアやタムのアタックは控えめに、まるで室内楽のように響き、楽曲のサウンドの輪郭をぐっとインテリジェントなものに仕上げているのが見事である。イントロから印象的に奏でられるピアノのリフレインは、ピンと張りつめた空気のように透明感に溢れ、ラップのようなパートも交えた宇多田自身のヴォーカルもいつになく繊細な質感をもって紡がれていく。まるで、壊れやすいガラス細工のような、あるいは、粗雑に触れれば無くしてしまうような何かを大切に守ろうとするような……そんなムードが楽曲全体を包み込んでいるように感じるのだ。

歌詞は、一見、止められない恋心をテーマにしているように思えるが、それぞれの登場人物にとっての“最愛”のものは恋心にとどまらず、家族、兄弟、子供、恩人、自分の居場所や尊厳……と、形も対象も様々であった。各々が大切に守ろうとしたものと、そのためにとった行動が複雑に絡み合ったストーリーは視聴者に深い余韻を残したが、その中でも毎話劇中歌のような形で流れるこの楽曲は、登場人物の感情にそっと寄り添いながらもその気持ちの尊さと切なさを私たちに伝えてくれていたように思う。昨今の宇多田ヒカルの中でもとりわけ、ピュアでエレガント、しかし確かな熱を持った作品であるとともに、今年の中でも特にドラマと密接にリンクした素晴らしい主題歌だったと言っても良いだろう。

宇多田ヒカル「君に夢中」

2021年11月26日(金)リリース/ソニー・ミュージックレーベルズ
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Text:Nami Igusa  Edit:Chiho Inoue

Profile

井草七海Nami Igusa 東京都出身、ライター。主に音楽関連のコラムやディスクレビュー、ライナーノーツなどの執筆を手がけている。現在は音楽メディア《TURN》にてレギュラーライターおよび編集も担当。

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