感覚を刺激する映像世界に迷い込む。ピピロッティ・リスト展 @京都国立近代美術館
スイス出身の現代アーティスト、ピピロッティ・リスト(Pipilotti Rist)の大回顧展が京都国立近代美術館にて開催中。1962年生まれのピピロッティは、映像作品やインスタレーションで知られるビジュアルアーティスト。本展はキャリア初期から現在に至るまでの39作品を紹介した、彼女の世界にどっぷりと浸かることができる没入型のエキシビションだ。
美術館を入ってすぐのエントランスには、誰でも視聴可能な作品が展示されている。
映像は、リストが自分自身の顔を見えない壁に押し付けているというもの。メイクアップを施した顔が、押し潰され歪められ乱れていく。ピピロッティを評するキーワードの一つに「フェミニズム」という言葉がある通り、見えない障壁にぶつかり苦しんでいる様子を表現しているのかのようだ。
彼女の映像作品の特徴として、同じモチーフの繰り返しやディストーションをかけていたり、音楽を多用していること、カラフルな色使いなどが挙げられる。1986年のヴィデオ作品「私はそんなに欲しがりの女の子じゃない」では、ザ・ビートルズの楽曲『ハピネス・イズ・ア・ウォーム・ガン』からのフレーズを半裸で歌い狂う様子につい見入ってしまう。歌詞の主語を「彼女」から「私」に変えることで主体性を主張していると解説にあるが、作品の意図に思い巡らせる前に映像そのもののパワーに惹きつけられる。
このエキシビションでは、靴を脱いで展示室をまわる。それが鑑賞をよりユニークな体験にしているに違いない。対になった大きな二つのスクリーンの前に座って観るのは、フェミニズム作品として名高い「永遠は終わった、永遠はあらゆる場所に」。
ゆったりとした心地の良い音楽に合わせて、青いドレスをきた女性(ピピロッティ)がクニフォフィアの形をしたハンマーで路上に停まっている車の窓ガラスを楽しそうに割っていく。警察官ですら彼女に笑顔で挨拶。もう一つのスクリーンには、クニフォフィアに接写した映像が流れている。
ガチャーンというガラスが割れる音が流れるたびに、シュールなおかしさが込み上げくる。本来は犯罪行為であるはずのことを、無邪気な喜びいっぱいに行なっているさまが微笑ましく感じてしまう。ピピロッティは本作で1997年ヴェネツィア・ビエンナーレで若手作家優秀賞を受賞。以降、フェミニズムの記念碑的作品として知られる代表作になった。
配置されたベッドにのそべって、天井のスクリーンを見上げる「4階から穏やかさへ向かって」(2016)。オーストリアとスイスの国境近くを流れる旧ライン川の中を撮影した作品で、観ているこちら側は水の中にいるような不思議な感覚に。いつまでもこのままでいたい心地よさ。
ピピロッティにとって、映像はスクリーンだけに映すものではない。さまざまなオブジェクトに投影してみせるのも本展の見どころ。木の箱を覗き込むとミニチュアサイズの部屋があり、よく見るとその小さな壁にも映像を流している。その手法をリアルな部屋に活かしたのが、最後の展示室。
ソファや岩、棚やテーブルなどの家具、あらゆる物体に映像を映し、鑑賞者の影が作品の中に映し出される。
まるでピピロッティ作品と一体化するようだ。現に、彼女は過去のインタビューでこう語っている。「私は美術館などを、ゲストの体全部を招き入れる空間として見ています。お互い知らない人が、同じ環境で時間を過ごせるような空間です。2本足でただ立って観るだけにはしたくないのです。私にとって、3次元や天井の可能性を無視することはありえません」(Ocula Magazine, 2018)
人と触れ合う機会が少なくなり、外出も減った今、人の手によるクリエーションを感じることがとても貴重なものになった。全身でアーティストの世界に入り込む、刺激的な体験が待っているはず。
そして、この展示で影の立役者を担うのがテキスタイル。ベッド、枕、クッションなど鑑賞の心地よさをサポートしていたのは、デンマーク発の北欧を代表するテキスタイルメーカーKvadrat(クヴァドラ)。長年に渡ってピピロッティとコラボレーションしてテキスタイルを提供してきた。会場では、その仕事にも注目して欲しい。
Kvadrat
www.kvadrat.dk/ja
「ピピロッティ・リスト:Your Eye Is My Island -あなたの眼はわたしの島-」
会期/2021年4月6日(火)~6月13日(日)
場所/京都国立近代美術館
住所/京都府京都市左京区岡崎円勝寺町26-1
TEL/075-761-4111
開館時間/9:30〜17:00(金・土〜20:00)※入館は閉館の30分前まで
休館日/月(ただし5月3日は開館)
料金/一般 ¥1200 大学生 ¥500 高校生以下無料
URL/www.momak.go.jp/Japanese/exhibitionArchive/2021/441.html
Text: Yukiko Shinto