場所の記憶を未来へつなぐ 建築家・田根剛 | Numero TOKYO
Culture / Feature

場所の記憶を未来へつなぐ 建築家・田根剛

新しい建物をつくる。それは単に、未来へのアプローチのように思われる。しかしそれだけではなく、場所が持つ過去の記憶を託すこともできるのだ。(『ヌメロ・トウキョウ(Numero TOKYO)』2020年7・8月合併号より抜粋)

2020年7月、青森・弘前に開館した「弘前れんが倉庫美術館」。
2020年7月、青森・弘前に開館した「弘前れんが倉庫美術館」。

建築家・田根剛のキーワードの一つに「考古学」がある。場所やものに潜む記憶の声に耳を傾け、それに応える建築を作ること。2016年に開館した「エストニア国立博物館」以来、田根の態度は一貫している。その彼が考える新しい時間の建築とは?

今年、完成した「弘前れんが倉庫美術館」(開館は延期)は明治から大正時代にかけて作られた、酒造工場や倉庫として使われた後にシードル工場だった建物をリノベーションしたもの。シードルは青森県で多く栽培されているリンゴを活用した酒だ。田根はこのプロジェクトを進めていく中でさまざまな興味深い歴史に接したという。

「明治初期に弘前を訪れたアメリカ人・キリスト教の宣教師がクリスマスに赤い果実(リンゴ)を紹介したそうです。のちに盛んに栽培され、今では青森県の名産となっています。第二次世界大戦後にはフランスから技術者を招き、日本で初めての大規模なシードル醸造が行われています。リンゴの価値を高め、生産者の収入増につながる産業になるようにとの思いからでした」

こんな背景を持つれんがの建物が一部に黒い壁や床のある個性的な美術館に生まれ変わった。スタンダードな美術館の展示室であるホワイトキューブとは違う空間だ。内部は吹き抜けなどを通じて大空間が緩やかにつながる構成。他の美術館に置くのとここに展示されるのとでは、同じアートでも違う顔が見えてくるはずだ。

「この場所でしか見られないものを見てほしいと考えました」

金色に輝く屋根は太陽に煌めくシードルの色を引用した「シードル・ゴールド」だ。元の建物のれんがは手で焼いたものだが、そこに新しいれんがを付け足している。しかし、新しいれんがも微妙に色むらがあり、元のものと区別がつかない。弘前では当時この建物を造るためにわざわざれんが工場を建設していた。「そんな先人の魂を未来に継承していきたい」と田根は言う。

ブータンで田根らが視察した時の写真。
ブータンで田根らが視察した時の写真。

現在ブータンで進めているのは当初はレストランのあるホテルという、一見よくある開発プロジェクトの依頼だった。だが、これは単にホテルの建物を設計する仕事ではない。「5つ星ホテルの依頼を“5つ星の村”にしようという計画です。そのための敷地探しから始めました」

田根はブータンに何度も通い、祭りや農作業をみてきた。ある村では農耕機を買ったのに使われずに放置され、錆びているという。

「田植えや稲刈りなどの農繁期には近隣の友達同士が助け合います。機械が入るとそれで済ませてしまうから、友達がいなくなってしまうというのです」

あえて手に頼る農作業はコミュニティを持続させていくための知恵だ。ブータンがGNP(国民総生産)ではなくGNH(国民総幸福量)、精神面の豊かさを重視しているのはよく知られている。殺生を避け、生きとし生けるものすべての幸せを考える価値観が生きている。ブータンの幸せは「先祖を悲しませないように、子どもが幸せであり続けるように」という教えがあるという。「そんな思想を学べる村をつくりたい」と田根は考えている。

自分たちは過去の人々が成し得てきたことの結果であり、自分たちがしたこと、することが未来の子どもたちに影響する。流れ続ける時間の中で生きていくことの意味はそこにある。

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Interview & Text:Naoko Aono Edit:Sayaka Ito, Mariko Kimbara

Profile

田根剛Tsuyoshi Tane 1979年、東京生まれ。Atelier Tsuyoshi Tane Architectsを設立し、フランス・パリを拠点に活動。場所の記憶から建築をつくる「Archaeology of the Future(未来の記憶)」をコンセプトに世界各地でプロジェクト進行中。主な作品に「エストニア国立博物館」(2016)、「とらやパリ店」(15)など。フランス文化庁新進建築家賞、アーキテクト・オブ・ザ・イヤー2019ほか受賞も多数。 Photo: Yoshiaki Tsutsui

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