浮世絵師、石川真澄インタビュー「浮世絵とはロックな表現」
“現代の浮世絵師”として注目を集めている石川真澄。デヴィッド・ボウイの作品や、映画『スター・ウォーズ』とのコラボレーションなど、伝統に縛られない新しい浮世絵の魅力を発信している。その表現に込められた思いとは?(「ヌメロ・トウキョウ(Numero TOKYO)」2018年10月号掲載)
浮世絵と聞けば、誰もが日本の伝統と口をそろえる。でも、昔のことはわからない…。ならば、この「出火吐暴威」を見よ。これこそが、今あるべき浮世絵の現在形なのだ…! 人呼んで“現代の浮世絵師”。独学で磨いた反骨の美学が、未知なる地平の扉を開く。
突然の稲妻に打たれて道なき道へ
──浮世絵とはそもそも、どのようなものなのでしょうか。
「浮世絵とは『浮世』、その時々の風物や人物について描いた絵を表します。江戸時代の初期から始まり、多くの人の手に届くよう、版画として発展した庶民の文化です。例えるなら、今の人が週刊誌を読んだら捨てるような感覚で、値段も当時のかけそば一杯分程度だったといわれています。それが海外に渡り、芸術として評価されるようになったわけです。
そして版画の場合、制作は絵師、彫師、摺師(すりし)による分業で行われます。ごく簡単に説明すると、絵師が描いた下絵をもとに彫師が板を彫って色数のぶんだけ版木を作り、それを摺師が紙に摺って完成する。この場合、僕の立場は“絵師”ですが、自分一人で最初から最後まで完結する手描きの作品を制作する場合は“画家”という認識です」
(左)グランフロント大阪 まちびらき3周年記念コラボレーション作品『GRAND FRONT OSAKA 3rd Anniversary』(2016年)
(右)オリジナル作品『今様西洋気触 CAT&BEAUTY』(2006年)©KONJAKU Labo
──どんなきっかけで、浮世絵の世界に興味を持ったのでしょう?
「きっかけは高校生の頃、駅のホームで歌川国芳(くによし)の展覧会ポスターを目にしたこと。大胆な構図で巨大な骸骨を描いた『相馬の古内裏(そうまのふるだいり)』という作品で、衝動的に好きだと感じました。でもそこからは展覧会に行き、図書館や古本屋で文献を漁るなど、一人で調べるしかありませんでした。そのときは、まさか自分が作る側になるとは予想だにしていませんでしたね。ちなみに“和”が好きだとか、伝統を再評価したいという意識は、その頃からまったくありません。日本の伝統が好きだから浮世絵が好きなのではなく、ただ浮世絵が好き。この感覚に尽きますね」
──その感覚について、ご自身の中で思い当たるルーツはありますか?
「小さい頃からマンガやアニメが好きだったことでしょうか。表現やシステムという点で、浮世絵とマンガは似ていると思います。マンガは何でも読みますが、特に好きなのは『機動戦士ガンダム』や大友克洋の『AKIRA』などのSFです。実際のところ、過去より未来のほうが好き。江戸好きが高じて『当時にタイムスリップしたい』という人がいますが、僕にはちょっとわからない感覚ですね。もしかすると、浮世絵とマンガをつなぐ無意識の文脈が、国芳の作品を目にした瞬間、僕の中で一気に覚醒したのかもしれない。美術の教科書では東洲斎写楽や葛飾北斎、喜多川歌麿、歌川広重など、一般の方々にも有名な絵師たちが紹介されていますが、武者絵や妖怪絵などで知られる歌川国芳には、浮世絵の面白味を特にわかりやすく伝える力があった、ということかもしれません」
独学で歯を食いしばり型破る
──そうした作品を自ら描くべく、敷居の高い伝統の世界へ飛び込む決意をした理由は何でしょう?
「理由……というよりも、なるようにしてなった感覚ですね。大学も美術系ではなく普通の文系学部で、特にやりたいこともありませんでした。でも2年生のときに、たまたま六代目歌川豊国(とよくに)師匠が出演していたテレビ番組を目にして、大阪まで弟子入りを直談判しに行きました。師匠はすでに100歳近い高齢で、間もなくお亡くなりになりました。手紙でやりとりをしたり、師匠が東京にいるタイミングで教えてもらったりはしたけれど、具体的なことは何も身に付いていない。それでも浮世絵が好きだから、独学でなんとかこれまでやってきた。だから、とにかく好きだからとしか言えないんです」
──日本の伝統文化では、師に付いてひたすら型を身に付ける期間が重要視されますが、その経験を積む時間はほとんどなかったわけですね。
「はい。技術的なことは独学ですが、師匠には短い時間ながら『浮世絵とはこういうものだ』という哲学を教えてもらったと感じています。そして、歌川派つながりで、国際浮世絵学会で理事を務める新藤茂先生にバックアップしていただいていることも大きいですね。先生は僕のことを最初に認めてくれた方。駆け出しの頃は何が正解かもわからず、作品を出版社に持ち込んでひどい言われようをされたりもしましたが、そんなときも先生が支えてくださいました。その上で何より大切だと思うのは、“伝承”と“伝統”の違いです。『型破り』という言葉がありますが、そもそもの型ができていないと『型なし』になってしまう。その型を忠実に守るのが伝承だとすれば、伝統は型を身に付けた上で時代とともに進化していくもの。そうやって新しく挑戦していく姿勢の大切さを、先生から教わったと感じています」
挑戦する魂に見たり絵師の生き様
──ロックバンドのKISSや映画 『スター・ウォーズ』とのコラボレーションも、その姿勢の賜物ですね。その際に、浮世絵として最低限、守るべきこととは何でしょうか?
「あらゆる浮世のことを描く以上、浮世絵には『こうでなければいけない』というルールはないと思っています。でも、だからこそ難しいともいえます。新しい作品を考えるときは、これまで蓄積してきた表現の引き出しから構図や様式の骨組みを組み立て、そこに僕らしさや現代の感覚を肉付けしていく。浮世絵らしく描くのではなく、描いていくなかで浮世絵らしさが自然と表れてくる感覚です。何より、昔の人の作品を焼き直すだけでは意味がない。新しい題材を描くことについては先人たちも文句を言わないだろうと思いますし、最初のコラボレーションになったKISSとの仕事も、自分のそういう姿勢を評価していただいたからだと理解しています。
……とはいえ、何が正しいかは誰も教えてくれない。自問自答の繰り返しで、いつも本当に苦しいですよ。過去の偉大な絵師たちに『ダサいことやってんじゃねえ!』と怒られないようにという思いもありますが、自分に正直にやるしかない。毎回、自分に噓をつかない覚悟でやっています」
(左)曜日と掛けて猫の行動を解いた作品より『猫七様図 つきよ』(2017年)
(右)自身の結婚に寄せて、首の皮一枚の新郎新婦を愛猫が取り持っている図『首野川家祝縁図』(2017年)ともに©KONJAKU Labo
──今後やってみたいことや野望があれば教えてください。
「浮世絵と聞いて誰もが思い浮かべるようなものではなく、自分なりに斬新な表現を追求していきたい。浮世絵とは本来、すごくロックな表現だと思います。江戸時代の浮世絵師たちも過去を顧みるのではなく、先を見ていたはずだと思うんです。だからこそ自分も型にはまらずに、“時代に寄り添うもの”という浮世絵本来の魅力や表現性を極めていきたい。そう思っています」
Portrait : Tadayuki Uemura Interview & Text : Keita Fukasawa