活況を呈する日本のアートシーンで、いま注目のアーティストを紹介する連載。今月は、工業製品を用いて人類の普遍性をダイナミックに表現する彫刻家の久保寛子。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2026年10月号掲載)
壮大な風景のなかに出現する時空を超えた神話の偶像

農業用の防風ネットにブルーシート。彫刻家、久保寛子の手にかかると、工業製品が時空を超えた神話の偶像となり、壮大な風景のなかに出現する。彼女の作品には野外展示を意図したものが多い。そのきっかけは地方芸術祭だ。ホワイトキューブとは異なり、雨や風、日光に直接さらされる野外では予想外の事態が待ち受ける。「自然の力に抗いながらも、同時にそれらを味方につけたとき、彫刻は本来の力を発揮すると学びました」と久保は語る。
環境に負けない強さを持ちながら、久保の彫刻に威圧感はない。彼女が理想とするのは、空間に溶け込み、同時に空間を変質させ、最終的にはそれを見る人々の日常を少しでも豊かにできる彫刻。周囲と呼応し、風景そのものを更新していくしなやかさがある。

こうした作品群の底流には、人間の根源に向けられた深い問いがある。かつてスランプに陥った際、久保は「そもそも美術がなぜ自分や社会にとって必要なのか」と根本から問い直した。そのとき支えとなったのが、考古学や文化人類学の書物だった。どの時代、どの地域でも、人間は必ず芸術的なものを創り、享受してきた。他の動物と異なり、衣食住に必要な物質の充足だけでは何故か人類は生存できない。学問を通して確信した人類という動物の普遍性と複雑性が、彼女の創作を力強く推し進める原動力となった。
日々の暮らしを支える実用品を素材に、先史芸術のような祈りの形を組んでいく。久保の彫刻が私たちの心を揺さぶるのは、人間が太古から抱き続けてきた切実な営みが現代の風景のなかに息づいているからだ。
Select & Text:Asuka Kawanabe Edit:Miyu Kadota
