身近で起こる小さな変化や発見に意識を向け、植物とガラスを用いて可視化させてゆく。幼少期から日常の中で目にしてきた植物の生命力と儚さに惹きつけられた、ガラス作家、深川瑞恵が創り出すガラスの植物を通して綴るモノの記憶。

──ガラスで表現するようになったきっかけは?
「幼い頃から、身近な植物でままごと遊びをしたり、野花のような小さな植物が密集して群生している様子を見るのが好きで、その光景を何かの形で表現したいと思っていました。高校ではデザインを学んでいたこともあり、植物のパターンを作りたいと考え、テキスタイルデザインを専攻するつもりでした。ところが進路を決める際に、友人に誘われて行った大学のオープンキャンパスで、たまたまガラス工房の前を通りかかり、吹きガラスを体験させてもらったんです。そうしたら一気にガラスという素材に引き込まれてしまって。高校でも立体作品を作ってはいましたが、自分は平面でデザインするほうが好きなんだと思い込んでいたところがあったのかもしれません」
「P.bottle」シリーズ。ボトルの部分は吹きガラスで、キャップ部分の植物はバーナーワーク(フレームワーク)で制作。
──ガラスのどこに魅了されたのでしょう?
「実際にやってみると、直接手で触れられず、道具を介してしか形を作れないところに魅力を感じました。あとは溶解炉などの設備もすごく大掛かりで、単純に格好良く見えたんだと思います。一人での作業もあれば、みんなで協力し合う作業もあって、一気に興味が湧き始め、結局、大学ではガラスの専攻科に入ったんです」
──偶然の出会いがガラスへの入り口になったのですね。
「思い返してみると、祖母がベネチアンガラスを集めていて、家に飾ってあるのを眺めていました。当時はガラスそのものというより、そこに描かれている植物の柄や造形に惹かれていた気がしますが、もしかしたら自然に刷り込まれていたのかもしれません。そこから大学で4年間、ガラスに触れながら、自分は何を作りたいのかを模索していきました」

──もともと小さな植物が密集している様子を見るのが好きだったとのことですが、どんな魅力が?
「三重に住んでいた頃、家の近くには蛇イチゴがそこらじゅうに生えていて、その中に別の植物が花を咲かせていたり、クローバーが一面に群生していたりする光景をよく目にしていました。なのに、少し離れると急になくなり、部分的にぎゅっと密集して、なんだか島のように見えるんです。その感じが好きで、小さい頃は紙と鉛筆を持ってよくスケッチをしていましたが、植物を一輪ずつ描くのではなく、紙いっぱいにぎっしり描いていました」
──その感覚がデザインにもつながっていたと。
「多分、いろいろ見て描いてるうちにグラフィックの図柄に引き込まれるようになり、それなら植物の図柄をデザインしてテキスタイルにし、それを誰かに服などの立体へと落とし込んでもらえたらというイメージを持っていました」

──デザインへの興味のきっかけは植物ですが、ガラスを始めてから、現在の創作スタイルへ、どのように変化していきましたか?
「入学当初は「ガラス=吹きガラス」というイメージが強かったし、そこまで技法も知識もなかったので、吹きガラスが一番ガラスらしい表現だと思っていました。同級生の多くは、吹きガラスで制作していましたし、もちろん私も一緒に吹いていました。ただ、続けていくうちにもっと花びらや枝のような細かいものが作りたいと思うようになりました。でも吹きガラスだと、どうしても自分が作りたいサイズや形より大きくなってしまって。自分の未熟な技術では難しく、思うように表現できないもどかしさがありました。そんなときに教授からバーナーワークという技法を教えてもらいました。ただ当時は、一人でずっと座って黙々と作業する姿が地味に見えてしまって。でも自分の表現に必要ならやってみようと思い、取り組み始めました。卒業制作では、ベースとなる大きな形を吹きガラスで作り、その上にバーナーワークで制作した珊瑚を密集させた作品を発表しました」

──ようやく理想の造形に近づくことができたんですね。
「地味だと思っていましたが、バーナーワークを取り入れることで、自分が作りたい方向性が少し見えてきたこともあり、もっとガラスを学んで突き詰めようと、大学院へ進学しました。大学院では学内だけでなく、外部展示に参加する機会も増え、インスタレーションへと展開していく授業も増えてきました。ある展示の際に、会場となった古民家の庭に椿の木があったんです。季節的には花は咲いていませんでしたが、その場所に何かメッセージのような、痕跡を残すような作品にしたいと思い、バーナーワークで椿の花を制作しました」
既製品のガラス棒を用いる。植物のパーツを制作してから、それぞれのパーツを組み合わせ、一つの植物を完成させる。組み立てには、小さいもので2時間程度要する一番神経を使う作業。
──バーナーワークはどのように学んだのでしょうか。
「大学院にはバーナーワークを専門とする先生がいなかったので、YouTubeを見ながら、独学でした。アメリカのピルチャック・グラス・スクールやコーニングガラス美術館のガラススクールなどのバーナーワークの映像を見て、どんな道具を使っているのか、どう扱うのかを参考にしていました。その中で、ある女性作家が葉っぱを作っている場面があり、特別な道具ではなく、普通の工業用ペンチで葉脈をつけて伸ばしていて。「それなら手持ちの工具でもできるかもしれない」と思ってすぐに取り入れました。そうやって試行錯誤を重ねるうちに、植物本来のサイズ感や繊細な形を手元で再現できるようになり、吹きガラスだけでなく、バーナーワーク技法を駆使した、現在の制作スタイルにつながっています」

──ガラスでも植物を表現し続ける理由は?
「一番身近にあって、幼少期からずっと見ていたこともあり、植物が自然に頭に浮かぶし、スケッチにもずっと描き溜めていました。以前、椿の花を制作した時の展示テーマは、記憶や痕跡だったので、そのテーマと透明なガラスという素材は相性はいいとは思いましたが、ただガラスを置けばいいわけではありません。もっと自分らしい表現に昇華するにはどうすればいいかと模索するうちに、植物のイメージが湧いてきました。
植物は、土から水を吸い上げて成長していったり、種さえあれば自生したり、力強いと同時に、力が加わると折れたり、そのまま枯れたりもする弱さも併せ持つ。その点では、強いけど脆いガラスという素材と共通項がある一方で、自然物と人工物という全く違うものでもあります。自分の中で、全てのピースが合わさった感覚がありました。そこから、ガラスの植物を軸に自分の表現の幅を広げていきたいと思うようになったんです」

──植物を表現する上で大切にしていることは?
「私がモチーフにしているのは、道端に生えているような身近な植物です。だから勝手に巨大化させたり、デフォルメすると、どこかファンタジーになりすぎるような気がして、現実的に捉えられません。かといって植物標本を作りたいわけではないので、実際は背が高い植物でも、先端の部分だけを抽出したり、本来は交互についてる葉っぱを同じ位置に付けたりなど多少はアレンジしています。あくまでも自分の表現として成立する範囲でのリアリティは大切にしたいと思っています」

──石とガラスを組み合わせた「stone to burgeon(芽ぐむ石)」シリーズはどのように生まれたのでしょう。
「大学院修了後、瀬戸市新世紀工芸館で研究生として活動した後、実家近くの小さな小屋を工房として使い始めました。その頃は、この先どうやって制作を続けていこうか模索していて。バーナーワークだけですべてを作ろうとすると限界もありますし、ガラスだけで表現することにも少し物足りなさを感じていました。そんな時、工房の外に小石が転がっていたんです。

これまでも気に入った形の石を見つけると拾って集める癖があったので、その小石を何気なく手に取って眺めているうちに、『ここに植物が生えていたらどうなるんだろう』『この石はもともとここにあったのか、どこからやって来たんだろう』と思って。周囲を見回すと、ちょうどホトケノザが群生していました。この野草もそのうち枯れてしまうだろうから、私の手で石の上に残してみようと、思い付きで試してみたら、面白い表現になりそうな手応えを感じたんです。ただ、このままだとまだ浅いから、もう少し周辺の植物や石を観察してみることにしました。
Numero COSETにて販売中の作品。「stone to burgeon(芽ぐむ石)」シリーズ。(左から時計回り)¥18,150 ¥24,200 ¥18,150 ¥22,000
工房を構えていた知多半島の海岸沿いには、海水浴シーズンが終わると流木や石がたくさん転がっていました。それらを見ているうちに、この石はどこから来たんだろう、この穴はいつから空いているんだろうと、流れつくまでの石の時間に興味が湧いてきました。もちろん私は知ることができないけれど、石だけは知っている。だったら、石の時間や記憶を別の形で表現できないだろうかと思い、植物を石に生やすことで、石が持っていた時間や記憶を糧に植物が成長し、石の記憶を可視化させる。そんなストーリーを展開すると、どんどんイメージが広がり、私自身も楽しくなっていったんです」

──モノの記憶というストーリーを妄想することが楽しくなっていったんですね。
「石をきっかけに、さまざまなモノとガラスを組み合わせるようになりました。記憶というキーワードで考えるなら、どんなモノともリンクできるのではないかと。古道具や誰かが使っていた持ち物にも、それぞれの時間が蓄積されています。そのモノが私の手元へ来るまでに、どんな人が触れ、どんな場所にあったのか。モノの記憶に思いを馳せて制作するようになりました。さらに欲を言えば、そのモノがあった土地に実際に生えていた植物を組み合わせたいとも考えています。そのために現地へ行って植物を観察し、写真を撮ったりスケッチしたりしています」
「モノの唄 ー匙ー」シリーズ。「掬い、口へ運ぶ 沢山の香りや味を届けてくれた時間は 溢れんばかりの養分となり、花が芽吹くだろう」(深川瑞恵)
──身近な人や家族の愛用品など、前の持ち主を知っている場合は、多少なりとも先入観が入りそうですが、ストーリーは限定されたりしませんか。
「あまり詳しく聞かないようにしています。祖父が建築の仕事を辞める時に、倉庫にあった道具を譲り受けました。名前くらいは聞きましたが、具体的にどう使っていたか詳細までは聞いていません。例えばスプーンなら、人が手に持って口に物を運ぶための道具なので、柄の部分や口に運び入れる匙の部分、つまり人に深く関わっている部分に記憶が宿っている気がします。しかも、祖父のスプーンも家庭用ではなく、建築現場でたくさんの職人さんたちが使っていたものなので、たくさんの人たちの記憶、細かい時間の粒がどんどん降り積り、それを土台に植物がもっと長く生えているという表現にしました」

──モノから想像の物語がどんどん広がっていきますね。このスタイルをこれから先も続いていきそうでしょうか。
「まだまだ知らない植物もありますし、興味深いモノや道具にも出会います。いろんな土地の蚤の市に行ったり、出かけた先で植物を見つけたりすると、どう組み合わせようとか、次々にアイデアが浮かんできます」

──モノに始まり、記憶の宿るところなら、何にでも展開できそうなので、家や空間など可能性は限りないですね。
「2024年、富山の廃校になった小学校での展示に参加する際に、会場の下見に行き、旧校舎の階段を上がっていく手前にあった掃除道具置き場を使わせてもらいました。そこは廊下の真ん中にありながら、少し奥まったコーナーになっていて、様々な時間が溜まっているような場所だったんです。他の場所よりワントーン薄暗かったのもあり、上階から差し込む光もきれいだったので、床がガラスの粒で埋もれている様子を表現しました。そんなふうに、モノだけでなく、場所からインスピレーションを受けて、そこに蓄積した時間を可視化するようなインスタレーションももっとやっていきたいです。手に取れる小さな作品から、より広い空間を使った展示やディスプレイまでできたら嬉しいですね」
Photos:Kouki Hayashi Interview&Text,Edit:Masumi Sasaki










