ガラス作家 今田莉野生インタビュー「ガラスを通して思考する」 | Numero TOKYO
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ガラス作家 今田莉野生インタビュー「ガラスを通して思考する」

新進気鋭のガラス造形作家、今田莉野生。言語に基づくアイデンティティや感情の刹那を掬い上げることを主題に、ガラスを媒介に思考を視覚化する多角的な制作を行う。アメリカでガラスと向き合いながらアートを学び、現在は金沢を拠点に活動する彼女のクリエイションに込められた思考に迫る。

ガラスとの出会いと、手で考えるという感覚

──ガラス制作に興味を持ち始めたきっかけは?

「ガラスを作り始めたのが中学二年生の頃です。もともと私は中高と女子美術大学付属の学校に通っていたこともあり、ファインアートが身近にありましでした。でも絵を描くのは下手で、それよりは自分で手を動かして立体を制作するのが好きだということに気づき始めて。将来的に自分が何したいのかなって思った時に、昔、埼玉の川越にあったガラス工房での体験がふと頭をよぎって、ガラスって面白そうだなと改めて思うようになりました」

──そのときのガラス体験で感じたことは?

「吹きガラスを体験できる工房で、体験という割にはきちんとガチでやらせてくれるところでした。私はもともとせっかちなので、熱くて直接触れないし、しかもすぐに形が出来上がるというガラスの性質をすごくいいなって思ったんです。自分が息を吹き込むと目の前でどんどん刻一刻と変化していくという素材に魅力を感じて、自宅から2時間くらいかかるのですが、しばらく通っていました。その後、もっと有名なガラス工房が自宅の近くにあると教えてもらい、そちらに移り、中学、高校の間は、週1、2回のペースで通っていました」

現在の今田莉野生の代表的なシリーズ『Between』

──そう考えると、かなり歴は長いですね。

「その間、自分がうまくなったかどうかは全然わかりませんが、とにかく楽しいからやっていました。小学生の頃から、工作や理科の実験の時間が好きだったので、よくよく考えると、ガラスって結構化学ですよね。そういうところからガラスに繋がっていったのかもしれません。でもガラスは手を動かすだけでなく、口で呼吸するし、全身使うような感覚です。難しいけど本当に楽しかったです。私は飽き性なので、粘土遊びや、ビーズ遊びもやりましたが、大抵いろんなことに手を出してはすぐに飽きてしまっていましたが、ガラスだけは、どんなにやっても、自分の未熟さを思い知らされ、今でもそうですが、ここが足りないから割れたとか、そういうふうに、ずっと何かを教えてくれる素材ではあります」

技術の先にあるものを求めて、アメリカへ

過去に制作していた金魚をモチーフにした作品。自身と自然との関係性を探求し、身の回りの生き物や自然現象が持つ繊細さと力強さを通じて、作品の中に生命への賞賛と敬意を表現した。
過去に制作していた金魚をモチーフにした作品。自身と自然との関係性を探求し、身の回りの生き物や自然現象が持つ繊細さと力強さを通じて、作品の中に生命への賞賛と敬意を表現した。

──その後、ガラスをさらに学ぶにあたって、渡米されたのはどうしてでしょうか。

「自惚れとは違うのですが、このまま大学に進学してそこでガラスをやっても、大学1、2年で学ぶ技術的な部分は既に習得していたので、その場合、どこに行ったらいいんだろうと進路を調べていました。候補にあったのが、富山ガラス造形研究所か、海外へ留学するかという選択肢でした。

思い返せば、女子美で多分デザイン科を選択したほうが良かったんですけど、ファインアートを学んだこともあり、ガラスを工芸やプロダクトではなく、アート的に解釈するほうに進みたいということを考えるようになって。そのタイミングで私が通っていた彩グラススタジオの伊藤けんじ先生が主催で、海外の作家さんを何人か招き、ガラスフェスティバルのようなイベントが開催されました。その時に出会ったアメリカの作家のナンシー・カレンさんに、アメリカでガラスを学ぶことについて相談したところ、作家のキャサリン・グレイさんを紹介していただきました。

それで高校卒業後、一年間、英語を勉強して、キャサリン・グレイさんがいるカリフォルニア州立大学のサンバーナーディーノ校に入学しました」

──ナンシーさんやキャサリンさんの作品に、今田さんが目指す方向性のガラス表現を見出したということですか?

「そうですね。ガラスにこんな世界があるんだと衝撃を受けました。ガラスと言えば、大きくいうと、器や窓ガラスなどが大多数のイメージではありますが、特に吹きガラスだったら器が当たり前でした。それなのに、そのときのナンシーさんは巨大なコマを作ったりしていて、それを見ているうちに、こういうのをやってみたいと思うようになって。紹介していただいたキャサリンさんもいろんなものを作るんですけど、大学に通い始めて、先生を選んでよかったと実感しました。在学中は毎週末、キャサリンさんが吹きガラスをやってたので、お願いして、アシスタントさせてもらっていました」

──キャサリンさんの下で学んだことで、これまでの自分にとってどんな発見があったのでしょうか。

「今思うと、自由にやっていいということを教わったのも重要なんですけど、一番心に残っている言葉があって。当初私は、自分の中の定番として金魚を作るのにハマっていた時期があって、先生にある作家の名前をあげて、『その人みたいにうまくなりたいんです』ということを話したことがありました。すると、『変な目標とするロールモデルを決めてしまうと、その人以上の存在にはなれなくなってしまうから、自分の技術を縛るようなことを口にしてはいけない』というようなことを言われ、それが今でもずしんと響いています」

ガラスを“使う”から、“思考する”ためのものへ

──金魚という具象的な作品から、今のようなコンセプチュアルな抽象的な作品にシフトしていったきっかけは?

「大学の時にはリアルな大物を作ったりとかしていましたが、それが変わったのはニューヨーク州ロチェスター工科大学の大学院に進んでからです。そこでの先生は概念やコンセプト、言葉を重視するというか、論文など本当に厳しくて。アカデミックで学術的なバックグラウンドをもった上で、作品で何を表現したいのかを自分の言葉で説明できるように、という方針でした」

──感覚的に学ぶというよりも、きちんとロジカルに言葉で説明していくことを求められる環境だったんですね。それによって、自分のものづくりもより明確になっていった、という感じでしょうか。

「それに加えて、ガラスの可能性を拡張するというか、今までそんな方法でガラスを使ったらダメだと思い込んでいた私の中に積み上げられてきた常識を叩き壊すような考え方でした。本当に壊れた状態のガラスが作品だとか、パフォーマンスアートとしてガラスを使って映像作品を作ったりとか、そういうのを見ているうちに、「こうじゃなきゃいけない」というものがだんだん崩れていった感じがあります」

大学院で制作した、水を加えると溶けてしまうガラスを使って制作した写真作品『@i_am____sick, 1.13.2021-3.11.2021』
大学院で制作した、水を加えると溶けてしまうガラスを使って制作した写真作品『@i_am____sick, 1.13.2021-3.11.2021』

──そこから、ガラスという素材へのアプローチはどう変わったのでしょうか。

「金魚など具象のものを作っていたときには、ガラスが自分のペルソナのような、仮面のような感じで、自分の弱い部分を動物の形に託して表現するという作風でした。それがペルソナとしてではなく、本当に自分の分身というか、ガラスに自分の思考の一部を取り込み、思考を視覚化する媒介として、ガラスを通して何か表現する、言葉の代わりのような存在というか。さらに、ガラスそのものを使っていなかったとしても、自分のアイデンティティや生い立ち、経験したことを、熱かったら柔らかく、冷たかったら固まるというガラスの性質に重ね合わせて考えてみよう、みたいな。そういう思考の方法を大学院で思い切り吸収して、今の制作スタイルに至っているという感じです」

──自分の中でどういう気づきが?

「ガラスはただの自分を代弁するものとしてだけではなくて、体と連動しているというか。頭の中で考えごとをするのに紙にメモをよく取るのですが、その行為のツールとしてガラスを使うこともできる、という感覚があって。だから本当に、自分の人生の一部として、物体である以前に、ガラスの性質を自分の中にインプットして、それをまた外に出す、みたいな考え方があったのかなと思います。

そこから、ガラスとアイデンティティを組み合わせて、英語と日本語の二つ言語を扱う中で、言葉が自分を変えていく様をガラスで表現するという内容を論文にまとめました。英語では一人称が『I』で固定されているのに対して、日本では私、僕、自分など、言葉のロールプレイングができるというところ、その変化だったりとか、年を重ねるごとに使う言葉も変わっていく。例えば、水を加えると溶けてしまうガラスを使うことで、そのガラスの性質を、人が年齢とともに失っていくものに重ねてみたりとか」

行き来するなかで見えてきた自分の場所

──卒業後、帰国して日本で制作することにしたのは?

「大学院修了後、一年ぐらいアメリカの照明の制作会社で働きました。ガラスを通して見た光や影の変化に面白さを感じて、照明を作るのに興味があったので制作部門に入ったんですけど、働くうちになんか違うなと思いはじめました。でも今につながる効率的に働く方法はそこで学びました。アメリカで自由な文化的なところと、効率的な動き方みたいなものを習得して、一年働いて、日本に帰国したのが2023年の冬です」

──アメリカでの会社勤めで感じた何か違うというのはどんなことだったのでしょう?

「今となったら納得できるんですけど、私の方が技術があっても、この先も長く勤めそうなアメリカ人の男性のほうがポジションが上だったりとか、そういう差別的なものを感じることもあったり。ビザのサポートも難しくなったりして、抑えていた気持ちの反動でもっと制作したいという思いが強くなっていきました。そこで、辞めた後、アメリカのノースカロライナ州のPenland School of Craft やベルギー・ロンメルの GlazenHuis 美術館のアーティストインレジデンシーに参加しました」

──アメリカ社会に揉まれたのですね。

「大学院を卒業してからノンストップで会社に入って、ひたすら頭を働かせながらやってたことに少し疲れてしまったので、休みを取るつもりでしばらく実家に戻って、以前お世話になったガラス工房でアルバイトをしていました。そのときに、ベルギーのアーティストインレジデンシーが決まって。帰国後は、イベントや展覧会などで海外の作家が来日した際や、海外の生徒向けに日本人の先生の通訳としてワークショップを手伝ったりしていました。そんなときに金沢卯辰山工芸工房の募集を知って、そのまま申込み、合格して今に至ります」

陶芸用の転写シートを用いガラスに言葉を貼り付けたのちさらに焼成する。

──そんな辛い思いをしてもガラスが嫌になることはなかったんですね。ベルギーはどうでしたか?

「ガラスが嫌になることは全然なかったです。それまでヨーロッパのガラス文化の背景に触れてこなかったので、ベルギーでの体験は新鮮でした。ヨーロッパはアーティストと作る人が明確に区別されているんです。私みたいにワンオペでやる人は割と珍しい。アーティストはコンセプトを考えて、それを形にするのは職人、というふうに切り離されていました。自分でやりたいことの作業まで全部考えてやっていたら、どれかが立ち行かなくなるんじゃないか、みたいなことを言われたりもしました。でも私にとっては全く逆で、作りながらガラスに記録していく感覚なので、1から10まで順序立ててやっていくことも含めて、思考の中に入っているので、自分で作品を作らなければ意味がないんです。その考え方は衝撃的でしたが、いい学びになりました」

──今は金沢で制作されていますが、そのまま拠点を海外にという発想はなかったのでしょうか。

「旅行や滞在制作など、一定期間ということなら全然行きたいですけど、やっぱり制作の拠点として自分が根を張るのは、今後も多分日本になるのかなと思います。それまでが根なし草でいろんなところに行ってきたので、どこか帰ってこれる自分の居場所を心の中で望んでいる気がします。以前はアメリカにずっと住みたいと思っていたのですが、今は自分のルーツのあるところを拠点に、そこから自由にあちこち飛び回るのが自分のスタイルに合っているのかなと。場所自体はどこでもやっていきたいので、固定された場所というよりは、戻る巣が欲しいという感覚です。昨年から今年の年初に、長崎の五島でリサーチレジデンシーをしましたが、その土地土地でどんどん変化していく自分にとって、環境の変化は重要な要素なので、どこで作るかにルールはありません」

言葉や気持ちにガラスという形と重さを与える

吹き出しを思わせるガラスのオブジェ『つぶやきのかたまり』シリーズ
吹き出しを思わせるガラスのオブジェ『つぶやきのかたまり』シリーズ

──アメリカ、ベルギーでの体験を経て、今の作品はどんなコンセプトで制作されているのでしょうか。

「『つぶやきのかたまり』と『Between』を制作したのは、ベルギーでの滞在からです。自分の中にある、なんかモヤモヤしているけど忘れてしまうような言葉とか気持ちに、形と重さを与えてみたらどうなるんだろう、というところから始まっています。表現方法の一つとして吹き出しの形にしています。ランダムな言葉を閉じ込めることで、言葉が自分に与える影響とはどういったものか、ガラスを通して表現したいと考えたのが、『Between』という作品で、シンメトリーなガラスの筒に吹き出しを刺して、その歪みを表現しています」

──そもそもなぜ吹き出しの形に?

「言葉の形として頭の中にパッと浮かんできたのが、吹き出しでした。もともと漫画が好きだったのもあります。それに他者と言葉を共有するという面でも、吹き出しは共通のイメージになりうる、分かりやすいモチーフでもあるので。中に閉じ込めている言葉は、最初は手書きで文字を書いてたんですけど、卯辰山に来てからは、自分の伝えたいことを、作品を見ただけでももう少し伝わるようにしていくことを目標にしています。ですが、手書きだけだと視認性が悪かったので、転写シートという陶芸用のインクで印刷された文字を使って、歪んではいますが読もうと思えば読めるようにしました」

Numero CLOSETにて販売中の今田莉野生の作品。『つぶやきのかたまり』各¥33,000『Between』(Large)¥66,000
Numero CLOSETにて販売中の今田莉野生の作品。『つぶやきのかたまり』各¥33,000『Between』(Large)¥66,000

──そこで登場する言葉はどういう言葉なんですか。

「頭の中でずっと巡っている言葉だったり、繰り返し響いてくる言葉です。それを印刷して使ったり、並行して手書きでその時々に思う言葉をメモみたいにランダムに綴って、その瞬間に生まれた言葉を保存しています」

──ガラスの中の言葉は、歪んでるから読めるものもあれば、読めなかったりもするみたいな曖昧さがありますね。

「見えるところと見えないところ、その曖昧さにもずっと興味がありました。鏡文字になっていて、結局読めないとか、でもなんか読めそうとか。作品を見てくださる方がしっかり読もうとしてくださっているのを見て、この作品自体がコミュニケーションの一種だと感じています」

Numero CLOSETで今田莉野生の作品をみる

Photos:Eri Kawamura Interview,Text & Edit:Masumi Sasaki

Profile

今田莉野生 Rinoi Imada ガラス造形作家。 言語に基づくアイデンティティや感情の刹那を掬い上げることを主題に、素材としてのガラスを用いるだけでなく、思考の道具やそのうつわとしても活用し、多角的な制作を行っている。 2021年にニューヨーク州ロチェスター工科大学(RIT)にて修士号を取得。ノースカロライナ州の Penland School of Craft や、ベルギー・ロンメルの GlazenHuis 美術館などから、賞やアーティスト・イン・レジデンスの機会を得てきた。 2024年より金沢卯辰山工芸工房にて活動。言葉や思考の痕跡を可視化するシリーズを展開しながら、アートフェア、ギャラリー、美術館などの展示に参加。https://www.rinoiimada.com/ Instagram/@rin_rinoi
 

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