松尾貴史が選ぶ今月の映画『シンシン/SING SING』 | Numero TOKYO
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松尾貴史が選ぶ今月の映画『シンシン/SING SING』

ニューヨーク州にある最重警備の収監施設「シンシン刑務所」で、舞台演劇を通して収監者の更生を目指すプログラム 「RTA(Rehabilitation Through theArts)」に取り組む中で育まれていく友情と再生を描いた実話。映画『シンシン/SING SING』の見どころを松尾貴史が語る。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2025年5月号掲載)

つい注目した演技メソッド

先日まで、大阪でしか上演しない舞台に出演していました。『FOLKER』という、拘置所の物語です。女性の死刑囚の精神安定のため、レクリエーション・プログラムとしてフォークダンスが採用されているのですが、そのサークルのメンバーがチームを組んで、とあるフォークダンスの大会に出場するという物語です。私はそのチームをダシに観客動員数倍増を謀り、そして八百長で自分がリーダーを務めるチームを優勝させようとする悪役でした。

今回ご紹介する「シンシン」は、もちろん『シン・ゴジラ』や『シン・ウルトラマン』の「シン」ではありません。ニューヨークにあるかの「シンシン(SING SING)刑務所」のことです。綴りを見て歌の映画なのかと勘違いしそうです。ネイティヴアメリカンの集落を指す言葉がその由来のようですが、警備がとりわけ厳しいことでも有名なこの刑務所では、受刑者の更生を目的としたプログラムに演劇が取り入れられているのです。劇中では舞台制作や芝居の稽古をする群像を大変リアルに描いています。

「リアルに」と書きましたが、これは実話をもとに作られた映画だったのです。そして、コールマン・ドミンゴら主役級の数人を除いて、実際の受刑者だった人がキャストやスタッフに多く参加しているのです。つまり、これ以上リアルな作品はなかなか作り上げられないということでもあります。出会い、友情、芸術への目覚め、葛藤、無力感、奮発、刑務所の中ではない社会のどこにいても起きる感情や関係が、閉鎖された環境であるからこそ、すこぶるわかりやすく展開します。

SXSW映画祭で大きな話題を呼び、アカデミー賞で主演男優賞など3部門にノミネートされていましたが、素晴らしい作品であることは確かですのでとにかくご覧になることをお勧めします。

本筋とは違うポイントですが、演技のメソッドの伝え方が素晴らしい。演出家がリードして稽古場で行われるワークショップ、インプロビゼーションなどが興味深く、大変に勉強になります。全く演技の素養も経験もない受刑者たちに、嚙んで含めるように、演技に対してのアプローチを試みさせ、成長のプロセスを実践させていくのですが、こんなにいい指導者がいれば、夥しい名優を輩出するのではないでしょうか。これは役者を目指す人が見ると、すこぶる良い教材になる作品です。自分のセリフだけに集中するのではなく、耳を澄ませて、周りのセリフをよく聞いて反応し支え合いなさいなんてことは、私も若い頃に教えてほしかったです。

蛇足ながら、仮釈放の審問を受ける場面で、審議官の女性が投げかける言葉があまりにも不愉快で、しかしそう感じるのは彼女が名演をしているからなのだと、妙な納得をしたのでした。

『シンシン/SING SING』

監督/グレッグ・クウェダー 
出演/コールマン・ドミンゴ、クラレンス・マクリン、ショーン・サン・ホセ、ポール・レイシー
公開中
https://gaga.ne.jp/singsing/

© 2023 DIVINE FILM, LLC. All rights reserved.
配給:ギャガ

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Text:Takashi Matsuo Edit:Sayaka Ito

Profile

松尾 貴史 Takashi Matsuo 俳優、タレント、創作折り紙「折り顔」作家など、さまざまな分野で活躍中。近著に、毎日新聞のコラムの書籍化第5弾『違和感にもほどがある!』 。最近の出演作に映画『敵』『サンセット・サンライズ』など。カレー店「パンニャ」店主。舞台『リンス・リピート ―そして、再び繰り返す―』出演中。

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