ヴィム・ヴェンダース監督インタビュー「自分に必要なものさえ持っていればいい」 | Numero TOKYO
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ヴィム・ヴェンダース監督インタビュー「自分に必要なものさえ持っていればいい」

この名前は映画を愛する者にとって特別なものだ。そう、ヴィム・ヴェンダース監督。1970年代にドイツの新鋭として登場し、『パリ、テキサス』(84年)、『ベルリン・天使の詩』(87年)、『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』(99年)など長年にわたり多彩な傑作群を生み出してきた。日本ではミニシアターブームを盛り上げたカリスマとしても知られる名匠。そんな彼が役所広司を主演に迎えた話題の新作が『PERFECT DAYS』である。第76回カンヌ国際映画祭では最優秀男優賞とエキュメニカル審査員賞を受賞。第36回東京国際映画祭では審査員長を務め、新たな黄金期を迎えている来日中のヴェンダース監督に話を聞いた。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2024年1・2月合併号掲載)

──とても瑞々(みずみず)しい映画で驚きました。柳井康治さんが発案した公共プロジェクト「THE TOKYO TOILET」に紐づいて製作されたものですが、まずオファーを受けたときのお気持ちをお聞かせください。

「今回の企画に関わった建築家の皆さんの錚々(そうそう)たる名前を見て、まず驚きました。日常生活に密着した公共のトイレをこのビッグネームたちが設計するなんて、なんて素敵なんだと。私は興味を惹かれ、彼らが手がけた中でおそらく最も小さな建物を渋谷まで見に行ったわけなんです。このアートプロジェクトの一環として自分が映画を作るのなら、トイレを寺院のようなシンボルとして美学的に撮るのではなく、ストーリーテリングの中で描きたいと思いました。東京という都市の中で、人々の生活と有機的に絡んだ物語にしたいというのが今回の映画の出発点でした」

──小津安二郎監督の『東京物語』(53年)から30年後、ヴェンダース監督が『東京画』(85年)で捉えたのは1983年の東京でした。そこからさらに40年たち、今の東京はずいぶん変貌したと思います。ロケ地の設定にご苦労はなかったですか。

「いえ、今の東京も大変興味深い場所でした。17カ所のトイレがある渋谷に対し、主人公の清掃員である平山はちょうど東京の反対側に住んでいます。スカイツリーのある墨田区押上ですが、木々の大好きな平山が、ある種の高い樹木であるスカイツリーの麓に住んでいるというアイデアも良いなと思いました。そして平山は毎日、仕事に行くために東京の街を車で横断していく。この設定も気に入りました。おかげで少しロードムービー的な要素が加わりましたから。

また今回のタイミングとして、ポスト・パンデミックの映画を作りたいという自分の想いと重なったんです。いま抱える人類の問い……「これから私たちはどう生きるべきか」というテーマに対し、平山はかなりラジカルな答えを提案していると思います」

──監督がラジカルといわれた平山ですが、役所広司さん演じる彼の独特の魅力が映画の生命線だと思います。この人物像はどうやって生まれたんでしょう?

「まず脚本開発の前に、役所さんが『ヴィムの映画ならぜひ出演したい』と言ってくれたんです。私も役所さんの大ファンで、彼にしかない特別な資質を感じています。それはたとえ悪役を演じていても、優しい眼差しをしていること。平山という人物像の鍵になるのは『彼が世界をどう見ているか』ということ。ですから役所さんの優しい瞳をイメージしながら脚本を執筆できたことは大きな助けになりました。平山は物質主義など現代的な欲望の真逆を行く人物です。独りで暮らしていても孤独ではない。生活のルーティンの中にも毎日新しいものを発見している。非常に豊かで満ち足りており、人生を愛している。もし役所さん以外の俳優さんがこの役を演じたら、絵空事のようなキャラクターになったかもしれません。しかし役所さんのおかげでリアルかつ親しみやすい人物になった。そして観客の皆さんは、彼の目を通してこの映画の世界を見ることが叶うのだと思います」

──今回の映画ではヴェンダース監督の初期のロードムービーのように、平山が車にカセットテープを差し込み、お気に入りのプレイリストを流します。米英のロックやソウルの名曲に交じって、金延幸子さんの「青い魚」まで流れるのには驚きました。

「だって金延幸子さんはフォークミュージックの伝説的な存在ですから。私は(『青い魚』が収録された)アルバム『み空』(72年)のレコードを持っているんですよ。初めて彼女の歌を聴いたとき、ジョニ・ミッチェルを連想しました。ギターも素晴らしいなと」

──さすがです(笑)。劇中で平山が読んでいる本のセレクトは?

「まず共同脚本家兼プロデューサーの高崎卓馬さんと、お互いに平山が好きそうなブックリストを作るところから始めました。私から提案したのが、フォークナーの『野生の棕櫚』。高崎さんから挙がったのが幸田文の『木』でした。そして平山の姪(中野有紗)は彼の書棚からパトリシア・ハイスミスの『11の物語』を取り出して読む。つまり平山のライブラリーは“生きている”んです。そしてまた彼も古本屋さんから、他の誰かが読んだ本を掘り出して読む。シェアの連鎖、つまり自然のサイクルのように書物がオーガニックに回り続けているんです」

──平山の部屋は本当に素敵ですね。古本とカセットテープ、少数の洋服と布団。まるで茶室のような小宇宙を感じさせるミニマリズム。この平山の部屋とルーティンの行動のおかげで、今回の映画はヴェンダース監督の中で最も小津映画に近い一本になったように思いました。

「ええ、間違いないです。撮影の初日の前日、あの部屋で役所さんと一日過ごしました。最初、美術スタッフが作ってくれた平山の部屋は、もっといろんな物が置いてあったんです。そこで役所さんと二人で平山の日常を想いながら、必要がないと思われる物は外していきました。今回の映画は毎日の簡素な繰り返しを中心とした構成で、私は過去そういう映画の作り方をしたことがなかったんです。もちろん実際は繰り返しの中でも一回一回違うことが起こるわけです。多くの人はルーティンと聞くと、つまらないと思うかもしれない。しかしルーティンがあるからこそ、自分の人生において一つのストラクチャー(構造)を持つことができる。だからこそ些細な一回性の形で、新しいものをいろいろ目にすることができる。また、たくさんの物を所有しすぎない。自分に必要な物さえ持っていればいいということ。必要より多くの物を持っていることは重荷です。私もこの映画を作ったあと、自分の手持ちの物を半分くらい断捨離しました。平山は自分や皆にとって、きっと一番良いものを見いだしているポスト・パンデミックのヒーローなのです」

『PERFECT DAYS』

東京・渋谷でトイレ清掃員として働く平山(役所広司)は、静かに淡々とした日々を生きていた。その毎日は同じことの繰り返しに見えるかもしれないが、同じ日は1日としてなく、男は毎日を新しい日として生きていた。そんな男の日々に思いがけない出来事が起き、彼の過去を小さく揺らす──。カンヌ国際映画祭最優秀男優賞、エキュメニカル審査員賞受賞作品。

監督/ヴィム・ヴェンダース 
出演/役所広司、柄本時生、中野有紗、アオイヤマダ、麻生祐未、石川さゆり、田中泯、三浦友和 
12月22日(金) より、TOHO シネマズ シャンテほか全国公開中
https://www.perfectdays-movie.jp/

配給/ビターズ・エンド

Photos:Chikashi Suzuki Interview & Text:Naoto Mori Edit:Sayaka Ito

Profile

ヴィム・ヴェンダースWim Wenders 1945年生まれ。70年代のニュージャーマンシネマを生み出した一人。カンヌ国際映画祭でパルムドール を受賞した『パリ、テキサス』(84年)でロードムービー は彼の代名詞の一つに。その後も『ベルリン・天使の 詩 』( 8 7 年 ) な ど を 発 表 、 ミ ニ シ ア タ ー ブ ー ム を 牽 引 す る 。 小津安二郎監督に影響を受け、小津の足跡を追った『東 京画』(85年)を制作。また『ブエナ・ビスタ・ソシアル・ クラブ』(99年)、『Pina/ピナ・バウシュ 踊り続けるい のち』(2011年)など、数多くの斬新なドキュメンタリー も手がけ、現代美術家のアンゼルム・キーファーを描い たドキュメンタリー『Anselm(原題)』の公開も控えている。

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