画家・ヒグチユウコが愛する未確認生物
顔はネコで手はヘビ、足はタコの“ギュスターヴくん”をはじめ、愛らしくも不思議な生物を描いてきた画家のヒグチユウコ。大の映画好きとしても知られる彼女を魅了した映画の中の“未確認生物”とは。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2023年1・2月合併号掲載)
想像力をかき立てる不思議な生き物たち
愛らしさとダークさを兼ね備えた、実在しない不思議な生き物を描く画家のヒグチユウコ。絵を描くことと同じくらい、映画も好きという彼女は、雑誌『MOE』(白泉社)でグラフィックデザイナーの大島依提亜と好きな映画をめぐって対談し、ポスターを共作する「映画のはなし」を連載していたほど。
未確認生物といっても定義は曖昧だが、創作の核の部分で影響を受けたのはジョルジュ・メリエス監督の『月世界旅行』だそう。
「最近の映画はCGの技術も進歩して完璧すぎるように感じてしまうことがありますが、私はこの時代のモノクロ版のヴィジュアル、空気感が好きなんです。砲弾型ロケットに乗った学者たちが月の右目に辿り着く物語ということを月の顔が表していますが、顔が描かれた月や太陽、惑星はヨーロッパでは結構あるんですよね。次は何を描こうかと迷ったときに月を描くようになったのは、メリエスの影響もあると思います。私が生まれるずっと前に作られていますが、不思議と引っ張られてしまう魅力があります」
大のホラー好きであり、とりわけあまり説明をしない、見る側に余白を残してくれる作品が好みという彼女は、ホラー作品においても「全部が見えない、わからないという瞬間がいちばん楽しい」と話す。
「人気シリーズものの一作目『大アマゾンの半魚人』(ジャック・アーノルド監督)に登場するギルマンというクリーチャーは美しい造形をしているんですが、モノクロなので細部までハッキリ見えないんですよ。自分が絵を描いているときも、途中で描かれていない部分を脳が補ってしまい、より良いものに見えてしまうことって多々あるんです(笑)。そういうふうに自分の脳で完結させていく楽しさがあるので、全部は見せない描写に惹かれます」
ハッキリ見えない系の未確認生物として、脳裏にまず頭に浮かぶのは『メッセージ』(ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督)のヘプタポッドだとか。
「ストーリーもとても良かったですが、ぼやーっと煙のようなもやの中に佇むヘプタポッドの描写が素晴らしくて。ガラス版を挟んで向こう側にいるから、人間とは同じ空気は吸っていなくて、サイズもものすごく大きい。触手も含めて、言ってしまえばイカ系の造形ですが、私たちが思い描く宇宙人の印象を崩さずに、見たことのない美しい世界観をつくり上げていて。侵略する意図はなく、コンタクトを取ることが根底にあるんだという意思も、その姿と動きの表現から伝わってきた。異星人とのコンタクトがあるとしたら、きっとこんな感じだろうと思わせるリアリティと説得力がありました」
一方で、たとえ全部が見えていても、魅了された作品もある。
「『マーズ・アタック!』(ティム・バートン監督)は、怖いというよりは楽しげな火星人のヴィジュアルですし、人間役の豪華な俳優陣が次々とやられていくさまに笑ってしまいます。そして、未見の方がいたらぜひ見ていただきたいのが、間違いなくスター・トレック好きな製作陣たちによる、スター・トレックファンを描いた宇宙モノ『ギャラクシー★クエスト』(ディーン・パリソット監督)。登場するシガニー・ウィーバーらは、ご長寿SFドラマでお決まりキャラをうんざりしながらも演じている役者なんですが、惑星の宇宙人たちがそのドラマをドキュメンタリーと勘違いして、地球にいる彼らに助けを求めるという話。宇宙人たちは、地球では人間の姿をしているんですが、触手が一瞬出たりして。本当の姿はというと、大きくてブヨブヨしていて、イカに近い。これは、『全部見えているからこそ最高!』という映画ですね」
謎の生物の造形に高揚!パニック系クリーチャー
触手系から巨大虫系までさまざまなクリーチャーが続々忍び寄る、スティーヴン・キングの小説『霧』を原作にした映画『ミスト』(フランク・ダラボン監督)。こちらもまた、お気に入りなのだそう。
「作り手の気合いを感じさせるというか、その後の映画におけるクリーチャー像にも確実に影響を与えているんじゃないかと思わせる造形に高揚しました。霧の中からクリーチャーが出てくるたびに心拍数が上がりますし、毒針が付いている触手がにゅうっと出てきて、顔にバンッ!とエイリアンみたいに張り付くシーンは、もう声が出てしまいましたよね。最後に巨大クリーチャーが出てくる頃には、山の頂上にたどり着いて、そこから景色を見下ろしたときみたいな気持ちでした(笑)」
そして、子どもの頃のワクワク感を思い出させてくれるパニック映画の巨大生物サンドワームも好物だという。
「『トレマーズ』(ロン・アンダーウッド監督)は大好き。次々にバクンと人間が飲み込まれてしまうのは怖いじゃないですか。でも、逃げている様子にワクワクするし、そのギャップが楽しい。『デューン/砂の惑星』(デヴィッド・リンチ監督)なんて、ワームに乗れる人たちが出てきますから」
動物系クリーチャーといえば映画『グレムリン』(ジョー・ダンテ監督)も外せない。ヒグチ家の愛猫ボリスは、なんと凶暴化したグレムリンに似ているらしい。「変身前のモグワイの状態よりも、グレムリンの造形のほうが個人的にはグッとくるんです。ウチの猫に雰囲気が似ているからでしょうか(笑)。もちろんモグワイも、モルモットやいろんな可愛さを混ぜ合わせた感じで好きですけどね」
クリーチャーを追いかけているからといって、ファンアートにしたいという思いはヒグチにはない。映画の絵を描く理由は、ただただ真っすぐな映画への愛ゆえ。
「どんなに映画が好きであっても一からは関われないからこそ、何とか携わりたいという憧れが強くて宣伝の段階で絵を描かせてもらってます。また、画家としても作品を残していきたいので、可能な限り権利元に許可を得て描いていて。連載用に『風の谷のナウシカ』(宮崎駿監督)のポスター化の許可が下りたときは大興奮でした。ほぼ許可が下りないと聞いていましたから。どうにかあの世界観を1パーセントでも表現したいという思いで挑んだものの、うまく描けなくて、結果、泣きながら描き終えたんですけどね(笑)」
ヒグチユウコ
画家・絵本作家。higuchiyuko.com
「ヒグチユウコ展 CIRCUS FINAL END」
2019年から全国を巡ってきた大規模個展「ヒグチユウコ展 CIRCUS」の二度目の東京開催が決定。ついに最終幕を迎える本展をお見逃しなく。東京・六本木の森アーツセンターギャラリーにて開催中(~4月10日まで)。
higuchiyuko-circus.jp
Interview & Text:Tomoko Ogawa Edit:Sayaka Ito, Mariko Kimbara