全米に衝撃を与えた傑作対話劇。映画『対峙』 | Numero TOKYO
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全米に衝撃を与えた傑作対話劇。映画『対峙』

アメリカの⾼校で⽣徒による銃乱射事件が勃発。多くの同級⽣が殺され、犯⼈の少年も校内で⾃ら命を絶った。それから6年、いまだ息⼦の死を受け⼊れられないジェイとゲイルの夫妻は、加害者の両親であるリチャードとリンダに会って話をするという驚くべき⾏動に出る──。ほぼ全編、密室4⼈の会話だけで進⾏するにも関わらず、どんなスリラーにも勝る緊迫感に満ちた展開で多数の映画賞を受賞した話題作『対峙』とは。

銃乱射事件の被害者と加害者、その両親同士が“対峙”する。
罪と赦しをめぐる白熱のトークセッション

舞台は小さな教会。その奥にある一室のみで、ほぼ全編が展開する。ワン・シチュエイションの密室劇で、メインの登場人物は4人。ハイスクール内での銃乱射事件により、共に息子を失った被害者と加害者の両親──2組の夫婦が“対峙”する。深い悲しみと喪失から立ち上がるトークセッションが、白熱の緊迫感を湛え、生々しい肉声で放たれる言葉の数々が我々の胸にグサグサ突き刺さる。そんな画期的な人間探究ドラマの傑作が、2021年に発表されて大きな話題を呼んだアメリカ映画『対峙』だ。

原題は“MASS”(マス)。ラテン語であるカトリックのミサ(MISSA)を英語で言い換えたものだ。撮影は2019年11月6日に米アイダホ州サンバレーでクランクイン。14日に及んだ撮影の大半は、同州ヘイリーにあるエマニュエル・エピスコパル教会で行われた。

物語は、アメリカのとある高校で、男子生徒による銃乱射事件が勃発してから6年後。当時、十数名の同級生が無差別に殺され、犯人の少年も校内で自ら命を絶った。
そしていま、美しい並木通り沿いに建つ教会の個室に、犠牲者のひとりであった男子生徒の両親、ジェイ(ジェイソン・アイザックス)とゲイル(マーサ・プリンプトン)の夫妻がやってくる。いまだ息子の死を到底受け入れられない彼らは、セラピストの勧めにより、加害者の両親であるリチャード(リード・バーニー)とリンダ(アン・ダウド)に会って、久々に話をすることを希望したのだ。一方のリチャードとリンダも重すぎる多くの試練に直面し、現在は夫婦関係を解消して離れて暮らしている。「お元気ですか?」と、古い知り合いのような挨拶をぎこちなく交わす4人。しかしまもなく微笑みは消え去り、一触即発の言葉の応酬が始まる──。

卓越したオリジナル脚本を書き上げ、驚きの演出力で初監督を務めたのは、俳優として知られるフラン・クランツ。1981年生まれ、米カリフォルニア州出身の彼を触発したのは、2018年2月14日にパークランドの高校で起きた銃乱射事件だ。このニュースで泣きながらインタビューに答える父兄の言葉に激しく動揺し、学校内銃撃事件についてのリサーチを独自に開始した。またクランツは、自身が高校生だった1999年に起きたコロンバイン高校の銃乱射事件を知った時の気持ちも思い出した(ちなみに同事件にインスパイアされた映画としては、ガス・ヴァン・サント監督の2003年の傑作『エレファント』などがある)。そして、さまざまな報告書を読むうちに、銃撃犯の両親と犠牲者の両親との会談に関する記述に出会ったという。

劇構成は極めてソリッドだ。回想シーンを一切使わず、現在進行形の会話のみ。演劇の上演にも似たリアルタイム展開で、圧倒的な臨場感とスリルを醸し出すが、それ以上に、心の多層性をたまねぎ状で想像させる、4人各々の練られた言葉の衝突や絡み合いが圧巻である。

クランツは「赦し、深い悲しみ、喪失、和解、そして最終的には人間同士のつながりが持つ力という、複数のテーマを探究したいと思った」と語る。さらに「悲しみの解決策として、赦しは最善のものになるのか。当事者たちを等しく救うのか。そこに利己的な側面や取引的な側面はあるのか。和解に至るプロセスとして、赦しよりも良いものはあるのか。また、悲しみは完全に去ることなく、ただ形を変えていつまでもつきまとうのかを探究したかった」とも。

もちろんこの優れた脚本に確かな命を吹き込んだのは、百戦錬磨のベテラン俳優たちだ。
まずは加害者側の両親――事件後のあらゆる困難を誠実に受け止めてきたリチャード役を演じるのは、テレビシリーズ『ハウス・オブ・カード 野望の階段』(2013~18年)のリード・バーニー。そして「私は人殺しを育てた」と嗚咽しつつも、罪を犯した息子への愛は消えないことに悩み抜くリンダ役に、『ヘレディタリー/継承』(2018年/監督:アリ・アスター)のアン・ダウド。何層にも重なった母親の心理に分け入る本作の演技は各方面から絶賛され、英国アカデミー賞にノミネートされた。
被害者側の両親――夫ジェイ役には、『ハリー・ポッター』シリーズなどのジェイソン・アイザックス。妻ゲイル役には、『グーニーズ』(1985年/監督:リチャード・ドナー)などから長年活躍するマーサ・プリンプトン。

彼らキャスト陣は、互いの役への想いから自らのプライベートな体験までをリハーサル中に深く語り合い、極上のアンサンブルを実現した。ディテール、態度や仕草のニュアンス。心の痛み。4人の会話だけで、それぞれの息子の成長から過ごしてきた青春の日々、家族との関係、さらには銃乱射事件の現場の状況までが、まるですぐ側で目撃しているかのような奥行きを持って我々にも感じられる。また、銃撃事件についてジェイが語る場面では、画面のアスペクト比が変わる(2:1から2:67へ)など、エモーションを映画的に増幅させる仕掛けの効果も抜群だ。

本作は2021年1月にサンダンス映画祭でプレミア上映。同年9月、スペインのサン・セバスティアン国際映画祭では、フラン・クランツ監督が若手審査員賞を受賞。さらに釜山国際映画祭フラッシュフォワード部門観客賞ほか、なんと各映画祭で計43部門受賞の栄誉に輝いている。

『対峙』

監督・脚本:フラン・クランツ
出演:リード・バーニー、アン・ダウド、ジェイソン・アイザックス、マーサ・プリンプトン
2月10日(金) TOHOシネマズシャンテほか全国公開  
https://transformer.co.jp/m/taiji/
© 2020 7 ECCLES STREET LLC
配給:トランスフォーマー  

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Text:Naoto Mori Edit:Sayaka Ito

Profile

森 直人Naoto Mori 映画評論家、ライター。1971年、和歌山県生まれ。著書に『シネマ・ガレージ~廃墟のなかの子供たち~』(フィルムアート社)、編著に『ゼロ年代+の映画』(河出書房新社)ほか。『週刊文春』『朝日新聞』『TV Bros.』『シネマトゥデイ』などでも定期的に執筆中。 YouTube配信番組『活弁シネマ倶楽部』でMC担当中。

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