瀧波ユカリ×澁谷知美「恋愛の“ブラックボックス”について語り合おう」
『わたしたちは無痛恋愛がしたい』が話題沸騰中の漫画家、瀧波ユカリと男性の性の歴史を研究している社会学者の澁谷知美に、男女間の身体的・社会的な差によって生じる“ブラックボックス”を解体し、よりよい関係を築いていく方法について聞いた。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2022年11月号掲載)
戦慄! 恋愛中のブラックボックス
澁谷(以下、S) 「男女の恋愛の不均衡といえば、桃山商事の清田さんとの共編著『どうして男はそうなんだろうか会議』にも男性のサイテーな振る舞いがいくつか登場するんですが、大きく分類すると『わかりやすいもの』と『わかりにくいがモヤっとするもの』があります。例えば、彼女や彼女の下着が写った写真を男友達のグループLINEに投稿していた男性がいました。ある日『みんなが君のことをかわいいと言っていたよ』と彼から報告され、彼女は彼の男友達に会ったことがないので不思議に思っていたところ、恐ろしい事実が発覚したという例です」
瀧波(以下、T) 「女性からは見えないブラックボックスですね!」
S 「それから『おまえみたいなレベルの女に付き合ってあげられるのは俺くらいしかいない』と恩着せがましい態度を取る、リスペクトを欠いている系もあります。時間と労力を奪う系としては、急に今から会いたいとLINEを送ったり、忙しさを理由にパートナーに家事を負担させるケースですね。ちなみに、仕事に費やす時間は地域によって50分ほどの差があるのに、家事・育児の時間には差がないというデータがあります」
T「早く仕事が終わっても、家でスマホを見てるというやつですね」
S 「そうそう。以上がわかりやすい例で、わかりにくいものとしては、話がプレゼン型というもの。コミュニケーションが取れないタイプです。例えば『俺って面白いでしょ?』と言わんばかりに芸人のようにエピソードを繰り出すけれども、対話にはならないんですよね。また、『こんな俺でごめん』と謝りつつ、相手に罪悪感を植え付ける人もいました」
T 「話ができないのは大問題です。一部の男性は女性から何かを指摘されたとき、『即ブロック』反応をしますよね。コップをシンクに放置していた、脱いだ服を片付けないなどを指摘したときに、子どもみたいに『今やろうと思ってた!』とか『おまえも同じことしてただろう』と反発や逆ギレをする。先ほどの『何もできない俺、彼氏として最低だよね』という自虐もありますね。そうして話のすり替えをして、こちらの指摘を受け取らない」
S 「なぜシンプルに反省できないんでしょうね」
T 「コミュニケーションの問題は交際の初期段階からありますよね。『私たち、付き合ってるんだよね?』という確認に対して、『なんでそんなこと聞くの?』『そもそも付き合うって何?』と疑問で返す。男性から、関係を固定するのは自分の本意ではないという顔をされると、女性はもう聞くに聞けない。答えをもらうにはどうしたらいいんだろうという迷いの中で交際を続けている方も多いのでは」
S 「女性側が『私のほうがおかしいのかな?』と自分を責めてしまう場合もありますよね」
T 「いま雑誌『ESSE』でお悩み相談の連載をしているんですが、『夫が家事や育児を手伝ってくれない。このやり切れなさをどうコントロールすればいいんでしょうか』という声がとても多く寄せられているんです。自分の感情を押し殺すより、夫と戦って変えていこうよ!とアドバイスはしているのですが」
S 「『他人を変えることはできない。でも、自分を変えることはできる』という言葉があたかもいいことのように広まっていますが、危うさを感じます。相手に明らかに非がある場合でも『自分が変わらなければ』という思考になり、根本的な解決にならないのでは」
T 「会社の同僚など関係性が遠い人ならまだしも、恋人・夫婦・家族が変えられない存在なら、強者がやったもん勝ちの世界になっちゃいますね」
S 「よく学生からもそういう相談があります。『彼氏から頻繁にLINEが来るのですが、煩わしいと思う私が悪いんですよね』という」
T 「『LINEが多すぎる』というのを伝えたいだけなのに、相手が『ひどい。俺のことが嫌いなの?』と傷つきをあらわにしてくる。何か指摘すると傷つきの発動が起きてロクなことにならないと、学生のうちから学んでしまったんですね」
ラブホテル代は割り勘? おごり?
T 「フェミニズムを打ち出した『わたしたちは無痛恋愛がしたい』の2巻にホテル代と避妊の話を描いたんですが、この話題をちゃんと話し合っているカップルはどれだけいるのか疑問です。リプロダクティブヘルス(※)の点で女性側の負担が多いから男性側が出す、誘ったほうが払うなど、二人の間に取り決めはあるのでしょうか。私より上の世代に聞くと男女ともに『男が払って当たり前』という考えの人が多いんですが、若い世代はこのご時世、経済的に厳しいからそれは難しいと思うんです。生理や妊娠のこと、給料のこと。理由を細かくひもといて、お互い納得いくように話し合えているといいけれど」
※リプロダクティブヘルス……性や子どもを産むことに関わるすべてにおいて、身体的にも精神的にも社会的にも本人の意思が尊重され、自分らしく生きられること。(公益財団法人 ジョイセフ公式HPより www.joicfp.or.jp)
S 「話し合いをすると、お互いの意見の相違が明らかになり、傷つけてしまう場面が出てくる。若い世代はそれを恐れていると指摘した論文がありました。別れるときも、徐々に連絡の間隔を空けて、関係の終わりを匂わせる。直接的でない方法でお互いの傷つきを回避するそうです」
T 「平安時代!? 『文(ふみ)が来ないまま秋になったからお別れなのね、もう虫が鳴いているわ……』みたいな。作中では、男性側が傷つきを発動させた結果『妊娠が嫌ならセックスしなきゃいいんじゃないか』という極論を出して、主人公のみなみが返す刀で『セックスのあとに、妊娠の話をふられたくらいでうんざりしちゃうなら、セックスなんてしないほうがいいじゃない?』とぶった斬るんです。スカッとするんですが、その結果、逆ギレした相手に襲撃される展開になります。今回、逆恨みされて襲撃されるという話を描きたかったんですね。結局、男女は体格の差があって、それによって女性が言いたいことを言えない側面があると思うんです。私たち付き合っているの?から始まり、お金、避妊、結婚、出産、仕事……。完全に人生ど真ん中の問題なのに、よっぽど差し迫らない限り、話し合えない」
S 「そんなことを切り出すと『重たい』と言われてしまう。自分たちの人生や生活のことなのに、普通に話せない空気がありますね」
T 「『重たい』って何ですかね。絶対に妊娠しない前提でセックスしてるのかなと思います」
アンチフェミは何を恐れているのか
S 「被害者意識にもとづく逆ギレは、一種の攻撃ですね。『男女平等』という言葉に正面から反論するのは難しいから、映画の『レディースデー』や『女性専用車両』を持ち出し、女性は優遇されているが、俺らは不当に処遇されているとケチをつける」
T 「その二つを『男性差別』の証とする声は根強いですよね。男性ゆえのつらさって『上司が男性には当たりがキツい』『行きたくもない風俗に誘われる』などいろいろあると思うんですが、それは権力に盾突くことになるから言い出せないのかな。本当は『男性優位社会』という共通の敵があるのに、なぜ矛先が女性になるのでしょうか」
S 「私は教員でもあるので、いろんな学生に接する機会が多いのですが、あるとき私の授業に対し『ツイフェミ(Twitter上でフェミニズム的な言説を展開する人)が言いそうなことだ』とコメントした男子学生がいて、彼がどうしてそう感じたのか、話を聞いたことがあったんです。彼はアンチフェミニズムのYouTubeチャンネルの視聴者で、フェミニズムを敵視していました。そこで、彼が主張することに対しファクトを積み上げて反論すると、彼が信じていたことはデータに基づいていない信憑性のないものだと理解してくれました」
T 「私もよく漫画の1コマだけを切り出してたたかれることがあります。前後の文脈を読めばわかることなのに。根拠のないネットの情報に影響される人も少なくないのでしょうね」
S 「瀧波さんが先ほどおっしゃった『男性優位主義という共通の敵』という点でいうと、学生に『男性社会はこういうことがつらいんだよね』と呼び水的に語りかけると滝のように話し出すことがあります。『どうしてそんなにつらいのか一緒に考えてみよう』と促すと、しっかり話を聞いてくれる。教員のような第三者がもっとその役割を担えればいいのですが」
T 「『どうして男はそうなんだろうか会議』では、男性の声を聞くために澁谷さんと清田さんが専門家の男性から話を聞いていますよね。女性の多くは専門家じゃなくても自分の内面について言葉にすることができますが、男性の多くにとってそれは難しいことのように見えます。しかも『男ってのは』と一般論にすり替える人も多いような気もします」
S 「解決策としては、男性が自分の感情を言語化するトレーニングをして、語り合いができるように相手との関係を構築していくという、すごく時間のかかる地道な方法しかないのかなと思います。男性でも女性でもいいので、余力のある人が男性から悩みを聞き出して、『誰かに話を聞いてもらうってことはこれだけ癒やされることなんだ』と実感してもらった上で、他人の話も聞ける人になってもらうという」
T 「気が遠くなりますね」
幸せな恋愛は「フェミ母」と「魔王マインド」が鍵?!
S 「『わたしたちは無痛恋愛がしたい』には、主人公のみなみとダラダラ関係が続くクズ男の千歳(ちとせ)と、女性に理解のある通称・フェミおじさんという2種類の男性が描かれていて、すごくいいなと思いました。女性読者は男性が一種類だけじゃないとわかるし、男性読者は、女性に対してどう振る舞えばいいのか、フェミおじさんを参考にできます。フェミおじさんは理想化されたファンタジックな存在でありながら、どこかに自分との共通点を見つけやすい親しみのある人物像です」
T 「内面が追いつかなくても形から入っていいと思うんです。みなみが駅で知らない人に突き飛ばされて転んだとき、フェミおじさんは、みなみに『大丈夫ですか? 立てそうですか?』と声をかけるのですが、のちに『犯人を追いかけて捕まえるべきだった』と反省します。もし男性読者がそういう場面に遭遇したら、2パターンを思い出してください。その場に二人いたら一人は女性を助けて、もう一人は犯人を追うとか。しかし、いろいろ考えると恋愛するって大変ですね。出会いは学校やマッチングアプリなどさまざまな方法があるにしても、相手がどんな思想を持っているかわからない。初手で『フェミニズムってどう思う?』と聞けるほど、普通の人は図太くありませんからね」
ライターM 「『フェミおじさん』みたいな理想的な男性にはどうやったら出会えるんでしょうか……」
T 「そういう人もいると思うんです。ただ、家庭環境にもよりますよね。だから、女の子には『フェミな家庭で育った男性を探そう』と言いたいですね。」
編集K「そういえば、恋愛リアリティ番組『バチェロレッテ2』で尾﨑美紀さんが選んだ佐藤マクファーレン優樹さんは母親がキャリアウーマンで、彼も女性は男性のサポートではなく主体的にやりたいことをやって当たり前だと捉えていました。素敵な男性を見つけたら、早い段階で母親に会うというのも手かもしれません」
S 「それはいいかもしないですね。母親が専業主婦だと、男性はパートナーに高いクオリティの家事を求めがちという話も聞きます」
T 「親元に18年ぐらいいるわけですから、影響はすごく大きいですよね。その価値観を変えるには、その後も18年ぐらいかけてじっくり変えていかないと。その覚悟ができないなら、最初から母親がフェミニストの男性を狙ってみる。結婚して義母になったら、向こうも弁が立つので大変かもしれないけど(笑)、夫がよからぬ言動にでたときにはこちらの味方になってくれるかも」
S 「それから、女性側も伝える技術を身に付けることも一つの手だと思います。『アサーティブ・コミュニケーション』という、相手との関係を壊さず、自分の意見を主張する技術があります。全部で4段階あるのですが、例えば、相手が皿洗いなどの家事をサボっていたとします。①お皿を洗ってくれなかったという事実を述べる。②とても残念だったという感情を表現する。③今度は洗ってほしいと提案する。④お皿を洗ってくれるととても助かるという結果を示す、という方法です」
T 「それ、よく映画で悪の帝王みたいな人が使う論法ですね。『①君は今回、暗殺に失敗したようだね。②とても残念だよ。③どうすればいいか教えてあげよう。今からここに行って、こうしてくれ。④そしたら、このことは許してやろう』という(笑)」
S 「確かに(笑)。女性は悪の帝王になったつもりで恋愛してみるとちょうどいいのかも。こちらがあたふたしてると向こうもナメてくるので、悪の帝王を心の中で飼いつつ余裕を見せると、恋愛関係は改善されるかもしれません」
Photos:Wataru Hoshi Illustrations:Yukari Takinami Interview & Text:Miho Matsuda Edit:Mariko Kimbara