松尾貴史が選ぶ今月の映画 『土を喰らう十二ヵ月』 | Numero TOKYO
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松尾貴史が選ぶ今月の映画 『土を喰らう十二ヵ月』

長野の山荘で暮らす作家のツトム(沢田研二)。山の実やきのこを採り、畑で育てた野菜を自ら料理し、季節の移ろいを感じながら原稿に向き合う日々を送っている。時折、編集者で恋人の真知子(松たか子)が、東京から訪ねてくる。食いしん坊の真知子と旬のものを料理して一緒に食べるのは、楽しく格別な時間。悠々自適に暮らすツトムだが、13年前に亡くした妻の遺骨を墓に納められずにいる……。映画『土を喰らう十二ヵ月』の見どころを松尾貴史が語る。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2022年12月号掲載)

食や自然に対してどうあるべきか

私たちは、日々手間をかけずにインスタント食品で手間を省き、スーパーマーケットや料理のデリバリーや電子レンジに下駄を履かせてもらって生きていますが、自然の大切さや、払うべき敬意については、無頓着にも程があるという生活をしています。この映画は作家・水上勉さんの料理エッセイをもとに、自然を尊び、四季の旬をすこぶるプリミティヴに享受する生活を送るある作家の生活を追った物語です。「土を喰らう」とは、まるでミミズのようなことを言うようですが、まさに土の恩恵を受けて、そこから「出(いで)た物」のありがたさを体内に取り入れて、感謝し意識して生きるということなのでしょう。

主人公は、ツトムといいます。作家です。幼い頃、禅寺で育てられ、精進料理を学んだ過去をもっています。これではまるで、原作者をそのまま投影しているようですね。きっと、そういうことなのでしょう。そうすると、作品に登場する、ツトムの恋人である若い女性編集者は実在の人なのか気になるところですが、そこを演じている松たか子さんが絶妙のバランスで見せてくれます。

映画では、ツトムに沢田研二さんが扮しています。時折見せる京ことばが、食に対する強い思いを感じさせるリアリティを持ちます。もう、そういう意味ではドキュメンタリーを見ているような気持ちになるのです。亡くなった奥さんの母親を演じる奈良岡朋子さんの鬼気迫る覚悟のような演技にも感服、恐れ入るばかりです。

彼らだけではなく、登場する俳優のリアリティが素晴らしく、自然や食材のあり方とつながっていて、虚実の境目がまったくなくなっています。近所の山歩きの達人であり大工という人物に扮する火野正平さんの実際感が素晴らしい。

全体が、一年を通して淡々と描かれ、そこに食や自然に対してどうあるべきかを、優しく穏やかに考えるヒントを投げかけてくれます。波瀾万丈のドラマチックな展開が用意されているわけではないのですが、この時の移り変わりや旬との付き合い方を傍観させてもらっているうちに、なぜだか静かな興奮が湧いてくるのです。

季節季節の、「土」を感じさせる食材の、生き生きとした描写にも心を奪われます。料理や食材については、日本料理の第一人者、土井善晴さんが監修を手がけているそうですが、沢田研二さんの手と言葉で紡がれていく食生活に逐一納得も得心もさせられようというものでした。

食とは、自然とは、生きるとは、死ぬとは、命とは。すこぶる自然と、堅苦しくない「哲学」に誘ってくれる物語です。私はこの作品を観て、効率優先の味気ない日々の時間の送り方をしている自分に当てはめ、恥いるばかりです。

『土を喰らう十二ヵ月』

監督・脚本/中江裕司
出演/沢田研二、松たか子
原案/水上勉
料理/土井善晴
新宿ピカデリー、シネスイッチ銀座ほかにて全国公開中
https://tsuchiwokurau12.jp/

配給/日活
©2022『土を喰らう十二ヵ月』製作委員会

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Text:Takashi Matsuo Edit:Sayaka Ito

Profile

松尾貴史Takashi Matsuo タレント、俳優、創作折り紙「折り顔」作家などさまざまな分野で活躍中。1960年、神戸市生まれ。著書に『違和感ワンダーランド』『ニッポンの違和感』『違和感のススメ』(すべて毎日新聞出版社)など。カレー店「パンニャ」店主。YouTubeチャンネル「松尾のデペイズマンショウ」更新中。

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