“アートバブル”は本当か? 識者が語るシーンの真実 | Numero TOKYO
Art / Feature

“アートバブル”は本当か? 識者が語るシーンの真実

最近やたらに乱れ飛ぶ“アートバブル”の文字。それって本当? 経済を含めた世界のアート情報を発信する新メディア『ARTnews JAPAN』中村志保エディトリアルディレクターに、世界の注目事例と合わせて解説を依頼。何かとガラパゴスな日本の実情が明らかに…!(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2022年6月号掲載)

解説:『ARTnews JAPAN』 中村志保エディトリアルディレクター

世界最大級の発行数を誇るアメリカのアートマガジン『ARTnews』(1902年創刊)の日本版オンラインメディアとして、2022年1月にローンチ(運営:株式会社MAGUS)。「アートで世界の今を知る」をコンセプトに、現代アートを中心とした国内外のニュースや批評・論考、マーケット情報を発信。尾上右近、松岡正剛らの連載企画など、日本独自のコンテンツも展開している。
https://artnewsjapan.com/

[case1]
NFTアートがオークションで約75億円の記録を樹立

 © Christie’s Images Limited 2021
© Christie’s Images Limited 2021

Beeple『Everydays: The First 5000 Days』(2021年) 
ビープルことマイク・ウィンケルマンが日々描き続けたデジタルアート5000点のコラージュ作品(上:全図、下4点:部分)。2021年3月、クリスティーズにて6900万ドル(約75億円)で落札され、存命アーティストによる落札額で歴代3位の記録に。大手オークションハウスによる初のNFT出品だったこともあり、NFTアートに権威と正当性を与えた点で、歴史の流れを変える出来事となった。

[case2]
バンクシーの代表作が1万点に分割されてNFT化

画像:販売サイトより
画像:販売サイトより

Particle Collection/バンクシー『Love Is in the Air』NFT(2021年)
バンクシーの代表作の一つ『Love Is in the Air』(2005年)が1万点に分割され、1ピース1500ドル(約17万円)のNFTアートとして販売。NFTの所有権を取り扱うParticle社によるプロジェクトで、作品上の位置を記したコレクターズカードも発行される。

[case3]
世界的アートフェア「Frieze」がアジア進出。開催地は韓国・ソウル

「Frieze London 2021」開催風景より。Courtesy of Linda Nylind/Frieze.
「Frieze London 2021」開催風景より。Courtesy of Linda Nylind/Frieze.

「Frieze London 2021」開催風景より。Courtesy of Linda Nylind/Frieze.
「Frieze London 2021」開催風景より。Courtesy of Linda Nylind/Frieze.

「Frieze Seoul」(2022年9月開催予定)
「Art Basel」に次ぐ規模としてロンドンやニューヨークなどで開催されてきた「Frieze」がアジア上陸。BTSのRMなどコレクター層の厚さが光る韓国が選ばれた。なお、日本ではこの規模のアートフェアは現状未開催だが、来年7月に海外メガギャラリーなども参加する日本最大規模のアートフェア「Tokyo Gendai」が開催されることが発表された。

世界のアート潮流をダイレクトに知る重要性

──世界のアート動向をジャーナリスティックな視点とテイストで伝える『ARTnews JAPAN』。これまで日本にはなかったタイプのメディアですが、なぜ今、日本版がスタートしたのでしょうか。

「あらゆる情報が世界中を行き交う時代だというのに、実は日本には最新の海外アート情報がほとんど入ってきません。アート専門メディアが多少あるとはいえ、海外情報は極端に少ないし、社会と結びついた視野の広いアートニュースにはなかなか出合えない。そこで私たちは、米国の最も古いアート専門メディア『ART news』と契約し、旬の情報をオンラインで紹介していくことにしました。今後は情報の“輸入”だけでなく、日本のアーティスト情報も海外へ発信していこうと思っています。世界に注目されるべき若い有望アーティストは国内にもたくさんいますからね。

『ARTnews JAPAN』に日頃から目を通していただければ、今世界のアートシーンで何が起きているかが、ひと通り把握できるようになっています。またサイト内では、アート市場の最新統計データの翻訳サマリーにもアクセスできます。近年、アートが社会に与えるポジティブな影響を人々が知り始めたことで、アートを取り入れた企画を考えるビジネスパーソンも増えてきていると思います。そのためにも、事例や数字をここで押さえていただければ。ファクトデータの有無で、説得力が大きく変わるのではないでしょうか。その意味で私たちは、ビジネスパーソンをターゲットとした本邦初のアートメディアであるといえるかと思います」

──掲載記事から見えてくる世界のアートシーンの現状とは、どんなものでしょうか。

「この1〜2年なら、国際展や主要美術館などの企画でこぞってシュルレアリスムがテーマになっている現象は興味深いですね。シュルレアリスムは1920年代のフランスで生まれた美術潮流で、夢や無意識の世界を基盤にした表現。今これがなぜ今注目されるのか。コロナ禍をはじめ、不安が渦巻く世界の状況を反映しているのでしょう。今起きていることが作品という形となって現れるのが、アートの特徴の一つでもありますから。また、世界的なパンデミックで経営難に陥った美術館も多いなか、美術館同士の作品の共同購入も活発に行われています。日本ではまだそうした機運にはなっていませんが、美術館同士で共生して事態を乗り越えていこうとする取り組みです」

日本のアートバブルが抱える“ガラパゴス状態”の問題点

──世界のアートシーンは、現在「バブル」と呼べる状況にありますか?

「世界的にはここ10年以上、バブルが続いているといえるでしょう。2008年のリーマンショック以降、ずっと市場は伸びています。理由として、個人コレクターの数の増加に加え、企業がアートに取り組む例が増えたことも挙げられます。数字だけで思考するビジネスの打開策としてアートに目を向ける企業もあれば、純粋に国内のアートを支援する企業もあります」

──世界と比べて、日本の現状はどう映るでしょうか。

「マーケットの盛り上がり方がやはり特殊ですね。サザビーズやクリスティーズなど世界的なオークション会社で作品を購入する人も増えていますが、同時に日本独自のアートオークションもあって、そちらが盛り上がっている印象です。ただし、そこには世界のアートマーケットの動向とは異なる指標や値動きが存在しています。投資よりも投機に近い動きとでもいえばいいのか…。世界とつながっていない独自のマーケットができつつあり、その部分の膨らみを称してアートバブルと呼んでいるところがありますね。

それはそれで喜ばしいことなのでしょうが、日本のアートバブルで値段が急騰しているアート作品が世界でも認められるかといえば疑問です。他のジャンルでも繰り返されてきた、日本の市場のガラパゴス状態が、アート界でも深まっていく懸念はあります。例えば、日本にも国際アートフェアを名乗るイベントはありますが、ほとんどは世界に開かれたものと言い難いのが事実だと思います」

先が見えない時代にこそ“アートの見方”が生きてくる

──日本における企業の動向をどう見ていますか?

「アートを取り入れる動きが盛んになっているのはいいのですが、みんなが同じことをしてしまう傾向にあるのはちょっとどうなのでしょうか。新しいビルを建てたり地域開発をしたりするときにはよく、パブリックアートを置きましょうという話になる。

ではどんな作品を置くか? 相談する相手が限られているので、どこもかしこも同じようなアーティストの作品が置かれがちです。自分の目でアートを見定めてきた経験がないので、プロのアドバイザーに決めてもらうしかなくなるのですね。肝心なところが人任せではもったいない。
みんな同じにならないためには、一人一人に『こういう作品が好き』というアートの基準があればいい。そのためには幼い頃からアートに触れる経験を重ねることが大事ですが、これは教育の問題に行き着きます。義務教育、受験、就職活動に至るまでのシステムにおいて、アートに触れる機会をもっともっと増やしていくのが必須だろうと思います。

とはいえ、教育から変えるには長い時間がかかる。ビジネスの世界の意識が変われば、社会の在りようも徐々にシフトしていくでしょうから、まずはそこから始めたい。今は『この数字を伸ばしていれば万事OK』といった指標や答えが見えづらい時代です。視覚的・感覚的に物事を捉えるアートに親しむことは、ビジネスでの突破口にもきっとつながります。

私たちもまずは、ビジネスパーソンがアートを見に足を運びたくなるようなコンテンツを提供していきたいですね。例えば『ARTnews JAPAN』のサイトでは、35歳以下の注目アーティスト30人を選定し、紹介する企画なども展開しています。日本の伝統的絵画技法による作風の丹羽優太、陶芸手法を用いて虚構を表現する西條茜ら、興味深い作家や作品は世にたくさんあります。ぜひアートを日常の視点に取り入れて、もっと楽しんでみてください」

Interview & Text : Hiroyasu Yamauchi Edit : Keita Fukasawa

Profile

中村志保Shiho Nakamura 1982年、ニューヨーク生まれ。慶應義塾大学文学部美学美術史学専攻卒業後、ロンドン大学ゴールドスミス校ファインアート学部を経て、同校メディア学イメージ&コミュニケーション専攻修士修了。『TRANSIT』編集部、『美術手帖』編集部勤務を経て、2015年よりフリーのエディター、ライターとして活動。22年1月より『ARTnews JAPAN』エディトリアルディレクターを務める。

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