衣装デザイナー、ミレーナ・カノネロが語る『フレンチ・ディスパッチ』の制作秘話 | Numero TOKYO
Culture / Feature

衣装デザイナー、ミレーナ・カノネロが語る『フレンチ・ディスパッチ』の制作秘話

ウェス・アンダーソン映画の世界を語る上で欠かせない、衣装の話。多くの受賞歴を持ち、ウェス作品では『ライフ・アクアティック』『ダージリン急行』『グランド・ブダペスト・ホテル』の衣装を手がけているミレーナ・カノネロが、最新作『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』の衣装にまつわる裏話を明かす。

ウェス映画の特別な撮影方法

独特で洗練された表現によって、1コマ観るだけでそれがウェス・アンダーソンの映画だとわかる。長年、その世界をウェスとともに作ってきたスタッフは、彼の映画制作のどんなところに惹かれ、何が「この仕事をぜひやりたい」と思わせるのだろう。その質問にミレーナはこう答える。

「(ウェスから声がかかると)いつもお請けしています。今回はさらに舞台のフランス、豪華キャストという魅力もありました。ウェス作品では毎回、旧友と再会し、新しい友人と出会う、という感じになります。ウェスの映画の撮影はとても独特です。関係者全員をひとつの可愛いホテルに集めて泊まらせるので多くの時間を一緒に過ごすことができます。一緒に夕食をすることもできますし、その日の撮影後にウェスと相談することもできます。この特別な撮影方法は本当に素晴らしいと思います」

今作『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』はアンニュイ・シュール・ブラゼという架空の街を舞台としている。監督とスタッフは、ヌーヴェル=アキテーヌ地域圏の南西地区に位置する、シャラント県「ロケ地区」の中にあるアングレームにセットを構えることに落ち着いた。

「この映画ではフランスの感覚を打ち出す必要がありました。ですからウェスはフランスに行き、60年代から変わってない愛らしい古い街で撮影したのです。そこで刺激を受けたのは建物からだけではありません。地元の人々、出演したフランス人の俳優たち―全てがそこにありました。とても自然に。機会がある度にフランス的な要素を混ぜました。例えば、男性作業服から立ち上がる素敵なフレンチ・ブルーに、(地元の名産のスリッパである)シャロンテーズに、囚人服に、看守の制服に―いろいろなところにフランス風の隠し味をふりかけました」

モノクロでもカラーでも。研究を重ねて作られる衣装

今作ではモノクロ撮影とカラー撮影が混ざっている。衣装にはどんな影響があったのか。

「その二つは大きく違うのでどちらも十分に考慮しました。私にはあまり経験のないモノクロ撮影に関して頼りになる撮影監督のボブ(ロバート・イェーマン)と何度も議論を重ねました。そして、どの場面をモノクロにして、どの場面をカラーにしたいか分かっているウェスとも話をしました。色や生地がモノクロ映像でどう映るかボブとテストをしました。例えば、シャツを白く見せたいなら白いシャツを使わず、薄い青のシャツを使うなどです。また、モノクロでは赤は―赤の濃度によりますが―茶色に転んで見えます。濃度によって異なる視覚反応を呼ぶ色があるのです」

2つ目のストーリーで、リナ・クードリが着用した巻スカートと皮のジャケットとヘルメットについてはこう語る。

「1968年の歴史的に有名なフランスの学生革命を調べているなかでいろいろ発見がありました。若い女性が格子柄のプリーツのスカートでデモに参加している姿があり、それがヒントになりました。オートバイに乗りながら女性的でもあり、たくましくもあるジュリエットの役柄にとてもふさわしいと思いました。フェミニンで、エレガントで、意思が強く、個性的な女性―とてもフランスらしいと思います」

柄はすべて手描き! ティルダ・スウィントンのルック

大きな金のジュエリーをつけオレンジのドレスをまとったティルダ・スウィントン。この衣装とティルダの役柄のルック全体にも注目したい。

「ティルダのシーンは撮影のいちばん最初でした。最初の衣装がうまくいき、俳優も満足だったら撮影の前途はとても明るくなります。ティルダのルックについてウェスと何度も話し合いました。ウェスはこの役柄を何人かの実在の人物から発想して書いています。そのひとりは50年代と60年代にパリに暮らした裕福な女性です。70年代にはパリの知的エリートと交流した自分の半生をフランス中で講演した人です。知的でシックなこの女性のルックでは、ヨーロッパのエレガンスを残しながらそのルーツにも関連させようとしました。その結果、あの素晴らしいオレンジ色にいきつきました。映像で見るとそのオレンジはティルダの燃えるような髪色ともぴったり合っています。セット自体にもオレンジ色が多く使われていましたので、衣装とかつらとセットの結びつきを徐々に増やしていきました。

このドレスの制作でいちばん楽しかったのはプリント生地を作ることでした。モノクロの場面の真っ最中にこの場面が現れると画面には色彩が溢れかえります。絵の色、ティルダのドレスの色、セットの色―すごいインパクトがあります。『グランド・ブダペスト・ホテル』でティルダの衣装の生地をシルクスクリーンしたドイツのチームが今回のドレスの柄を全て手描きしました」

すべての衣装はうまくかみ合っていなくてはならない

今作のようにキャストが多い場合の衣装選びの難しさ、そして成功の秘訣とは。

「主要な衣装は全て手作りしました。美粧部と美術部の近くに衣装部の大きなアトリエがありましたので、意志疎通がしやすく、ビジュアルのアイデアを交換できました。ですが、衣装部としての独立性もしっかり担保されていましたので、思い通りの衣装を作れました。この映画では千人以上のエキストラがいました。エキストラの衣装の多くはレンタルされました。倉庫にある全ての衣装をチェックして選びました。衣装選びはパンやソーセージを買うのとは違います。シーンのイメージにあった服を一点ずつこの目で選び抜きました。

それぞれの役柄にはふさわしいルックがあり、そうあるべき理由もあります。頭のてっぺんからつま先までトータルに決まっていれば、どの役のものでも、それがその時の私のお気に入りです。衣装を成功させるには、全ての衣装がうまくかみ合っていなくてはいけません。ですから、全ての衣装が私のお気に入りです」

『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』

監督・脚本/ウェス・アンダーソン
出演/ベニチオ・デル・トロ、エイドリアン・ブロディ、ティルダ・スウィントン、レア・セドゥ、フランシス・マクドーマンド、ティモシー・シャラメ、リナ・クードリ、ジェフリー・ライト、マチュー・アマルリック、スティーブン・パーク、ビル・マーレイ、オーウェン・ウィルソン、クリストフ・ヴァルツ、エドワード・ノートン、ジェイソン・シュワルツマン、アンジェリカ・ヒューストンほか
配給/ウォルト・ディズニー・ジャパン
©2021 20th Century Studios. All rights reserved.
https://searchlightpictures.jp/movie/french_dispatch.html
2022年1月28日(金)全国公開

映画『フレンチ・ディスパッチ』の記事をもっと読む

Edit:Chiho Inoue

Magazine

JANUARY / FEBRUARY 2025 N°183

2024.11.28 発売

Future Vision

25年未来予報

オンライン書店で購入する