フランス、映画、雑誌文化へのラブレター。『フレンチ・ディスパッチ』をレビュー | Numero TOKYO
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フランス、映画、雑誌文化へのラブレター。『フレンチ・ディスパッチ』をレビュー

アメリカの雑誌「ニューヨーカー」にインスパイアされ、フランス・カルチャーに愛を捧げる──ウェス・アンダーソン監督の最新作『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』を、パリに魅せられたフォトグラファー、文筆家の梶野彰一がレビュー。

『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』

文:梶野彰一 ウェス・アンダーソン監督の記念すべき10作目となる『フレンチ・ディスパッチ』がいよいよ公開となる。2時間弱の映画だが、観終わった時にはとにかくお腹がいっぱいの満足感だった。  ビル・マーレイ、ティルダ・スウィントン、エイドリアン・ブロディ、オーウェン・ウィルソンといったウェス・アンダーソン作品の常連組に加え、レア・セドゥ、ティモシー・シャラメ、フランシス・マクドーマンド、マチュー・アルマリックと主演級の豪華すぎる出演者が顔を並べ、余裕で3本くらいは映画を撮れそうなシナリオを組み込んで、スクリーンサイズ、モノクロ/カラー、さらにはアニメーションの挿入にいたるまで、ナラティブ(語り口)のヴァリエーションも豊富に行き来する。さらに、ちょいちょい挟みこまれてくる監督のフランス映画やフレンチ・カルチャーへのオマージュまで、とにかく全てを思いっきり詰め込んだ、むしろやりすぎ感さえ否めない一本になっているのだ。

今回、監督が舞台に選んだのは1970年代のフランスの架空の町、アンニュイ=シュール=ブラゼ。既にここで時代も場所も監督のオブセッションをふんだんに抱えている。そんな小さな町にアメリカの新聞社が別冊として発行する「フレンチ・ディスパッチ」誌の編集部を置いているという設定で、物語が動きだすのであるが、映画が始まった瞬間にこれまでのウェス・アンダーソン作品以上にストーリー設定や、それぞれのディテールにと目を配る箇所が多すぎて、目線と脳の回転がついて行かない。

冒頭のシーンでいきなり投げ込まれるジャック・タチ『ぼくの伯父さん』へのオマージュに気付いてしまうと、ファンは胸をときめかしてしまうに違いない。ウェスのファンなら彼がかつて監督したソフトバンクのCMを覚えていることだろう。海辺でバカンスを過しているブラッド・ピットが滑稽に演じたのは明らかにジャック・タチの「伯父さん」で、フランス・ギャル「夢見るシャンソン人形」、クリストフ「愛しのアリーヌ」といったシャンソンとあいまって、当時、フランスかぶれは全員ソフトバンクに乗り換えてもいいかもと思わせる広告効果を上げたはず。

フランスならありそうな突拍子もない3つのエピソードが、オムニバス映画の体をとって雑誌記者によって語られる。

ボンド・ガールの記憶も新しいレア・セドゥのオールヌードから始まる第1のエピソードで、主役ベネチオ・デル・トロはジャン・ルノワールの『素晴らしき放浪者』を参照に演じたという。このエピソードの語り手はティルダ・スウィントンだ。

学生運動を背景にした愛の行方が語られる第2のエピソードでの、ティモシー・シャラメはジャン=リュック・ゴダールが監督した『男性・女性』のジャン=ピエール・レオの衣装を彷彿とさせ、ヒロインのリナ・クードリはジャック・リヴェットの『北の橋』のパスカル・オジェのようなヘルメット姿で登場する。挿入歌は『男性・女性』で印象的に流れたシャンタル・ゴヤがあり、「愛しのアリーヌ」は同じくフランス好きの英国アーティスト、ジャーヴィス・コッカーがこの映画のためにカヴァーしたヴァージョンが流れてくる。語るのは『ノマドランド』から一転した顔のフランシス・マクドーマンドだ。

ジェフリー・ライトが語る第3のエピソードでは『グランド・ブタペスト・ホテル』でもウェスの世界に染まったマチュー・アルマリックが警察署長として登場。フィルム・ノワール風かと思えば、いきなり『タンタンの冒険』のようなタッチのアニメーションへと展開していく。サウンドトラックも素晴らしく、ジョルジュ・ドリューの引用、スウィングル・シンガーズ、シャルル・アズナブールの挿入歌に、エリック・サティのようなピアノから、ルイ・マル監督の『地下鉄のザジ』を彷彿とさせるものもある。

一本の映画をレヴューするのにこんなにも固有名詞の乱立を避けることができないのは、普通ではないと思うけれど、この映画をきっかけに興味をもったものは是非ググって追いかけてほしいと思う。全てのストーリーは軽快なのだが、監督のあらゆる方向へと飛ばす目配せに追いついていくのにはせわしないくらいだ。

観終わってエンドロールが流れている時点で、もう一度スクリーンの隅々を確認したくなる感じ、まるで雑誌のページをめくり返して詳細を読み直したくなるような感じを味わった。まんまと監督のワナにハマってしまったと思う。ウェスの仕込んだ落とし穴なら喜んで落ちに行こうと思った。

今回、ウェス・アンダーソン監督は映画というフォーマットを使って、いかに雑誌を再現するかという挑戦しているかのよう。見出しだけ見て読み飛ばされる記事もあれば、隅々まで読みこみたくなる記事もある。ひとそれぞれ。その根底には、ウェスが高校時代に出会ってからずっと愛読してきた「ニューヨーカー」誌、雑誌文化への愛着があったと語っている。

その愛を、また監督のもうひとつの愛する対象であるフランスで描いたというツイストが、この映画の多重構造の仕組みである。そしてこのツイストを実現させているのは、長年の共同制作のパートナーであって、これまたフランス生まれでフランス好きのロマン・コッポラの力も少なからずあったのではないかと思っている。

いまだ消化しきれていないままのこの映画を、僕が再度スクリーンで観直すのは間違いない。

その前にウェス・アンダーソンのフランス愛をより端的に表した『ホテル・シュヴァリエ』(『ダージリン急行』の冒頭に突如流れてくる短編作品)を見直すことにしよう。

『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』

監督・脚本/ウェス・アンダーソン
出演/ベニチオ・デル・トロ、エイドリアン・ブロディ、ティルダ・スウィントン、レア・セドゥ、フランシス・マクドーマンド、ティモシー・シャラメ、リナ・クードリ、ジェフリー・ライト、マチュー・アマルリック、スティーブン・パーク、ビル・マーレイ、オーウェン・ウィルソン、クリストフ・ヴァルツ、エドワード・ノートン、ジェイソン・シュワルツマン、アンジェリカ・ヒューストンほか
配給/ウォルト・ディズニー・ジャパン
©2021 20th Century Studios. All rights reserved.
https://searchlightpictures.jp/movie/french_dispatch.html
2022年1月28日(金)全国公開

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Text:Shoichi Kajino Edit:Chiho Inoue

Profile

梶野彰一Shoichi Kajino フォトグラファー、アートディレクター、文筆家。10代の終わりにパリに魅せられて以降、パリと東京の往来を繰り返しながらファッションやカルチャーのシーンと密に交流し、その写真と文章でパリのエスプリを伝えている。

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