江戸の“もふもふ”大集合! かわいい温故知新
一見堅苦しいと思われがちな美術の世界にも、日本独自の“かわいい”表現は花開いている。その起源は江戸時代にまでさかのぼるという。日本の近世絵画史に詳しい金子信久氏に聞いた。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2021年7・8月号掲載)
江戸に花開いた“かわいい”美術
江戸時代は、古くから続く雅で煌びやかな絵が隆盛を極める一方で、愛らしくて、どこかユーモラスな“かわいい”絵も次々と生まれた。その背景を日本美術史学者の金子信久氏はこう説く。 「“かわいい”と感じる心は江戸時代以前の日本人にももちろんありましたが、それまでの美術は時の権力者や貴族などごく一部の人のためのもので、富や権力の象徴だった。それが、江戸時代に入ると、町人たちが経済力を持つようになり、美術を楽しむようになる。その町人たちの世界で、町人たちが本当に楽しみたい美術が生まれた。それが“かわいい”絵が生まれた背景です」しかも、江戸時代の“かわいい”表現は複雑で奥深いらしい。
「犬や猫といったかわいい動物をリアルに描いた円山応挙や歌川国芳のような画家がいたり、猛々しい虎をデフォルメして愛嬌たっぷりに描いた尾形光琳のような画家も。また、与謝蕪村は線を途切れ途切れにしたり、形をどこか崩したりして、ぎこちない表現を追求。素朴でファニーな魅力があります。これは私見ですが、人は完璧ではないものになぜか惹かれることがあると思います。そうした心の動きは江戸時代に生きた人も同じだったのではないでしょうか」
(左)老いた男性をウサギに見立てた作品。真ん丸の鼻に垂れ気味の耳、丸めた背中に哀愁を感じる。与謝蕪村『「涼しさに」自画賛』個人蔵 (右)キリンのようだが実は鹿。俳人、三浦樗ちょら良はシンプルな線と点で動物の純真無垢さを表現した。三浦樗良『双鹿図』鳥取県立博物館蔵(石谷コレクション)
また、当時の絵画表現が多彩に花開いた理由にはもう一つあるという。
「写実的な油絵が主流だった欧米とは違い、日本では同じ時代に生きた画家でもそれぞれ違う描き方をしている。“こうでなければ”という概念がなく、個性を競い合い、それぞれの表現を認め合っていた。だから、かわいい表現も多様になったのでしょう。なかには、画家本人が“かわいいものを作ろう”と意図して描かれてない作品もあるかもしれない。けれども、現代に生きる私たちがその絵を見てかわいいと感じることは事実。絵の解釈がたとえ誤解であっても、かわいいと愛で、楽しむ権利はありますし、心が癒やされることもあるでしょう。現代のイラストを見る感覚で、自由に楽しんでくれたらいいなと思います」
※の付いた作品は、9月18日より東京・府中市美術館で開催予定の「開館20周年記念 動物の絵 日本とヨーロッパ ふしぎ・かわいい・へそまがり」展より。
Interview & Text:Mariko Uramoto