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松尾貴史が選ぶ今月の映画『お名前はアドルフ?』

出産間近の恋人を持つ男が、生まれてくる子どもの名前を“アドルフ”にすると発表したことから、「アドルフ・ヒトラーと同じ名前を付けるのか? 気は確かか!?」と友人も巻き込んで大論争。あげくには家族にまつわる最大の秘密まで暴かれる……。映画『お名前はアドルフ?』の見どころを松尾貴史が語る。(『ヌメロ・トウキョウ(Numero TOKYO)』2020年7・8月合併号掲載)

名前をめぐる円熟した会話劇

私は、人の名前というものは、本人の親の願望やコンプレックスが現れると思っています。富雄だと金持ちになってほしい、あるいは今の財力を保ってほしい。繁なら、繁栄か、それとも頭髪に劣等感が。美子、麗子だと綺麗になってほしい。久美子なら、早く老けないでほしい、などです。もちろん、必ずそうだというわけではありませんし、親や祖父母から文字を受け継ぐこともあるでしょう。それとて、家制度を重んじる意思が現れようというものです。

私が生まれた時、父は「礼雄(レオ)」と名付けようとしました。昭和の話なので、それを止める権限は誰にもないのですが、おせっかいな区役所のおじさんによって「珍しい名前付けたらいじめられまっせ」と反対され、少しずついじって二度三度窓口に行ったそうですが、結局自分の名前とさるお方の名前から一文字ずつ合わせて命名されました。

名前を付けるということは、その子の人生にそれだけの責任を持つということなので、その重圧から逃れるために、昨今は画数のせいにしたり、現実逃避でキラキラネームに走ったりするのかもしれません。

この映画は、生まれくる子どもに付ける名前を、かの忌まわしいヒトラーのファーストネームにすると言いだした男と、驚き当然のように反対する家族や友人の論争によって物語が進んでいきます。旧聞ですが、赤ちゃんに「悪魔」と名前を付けようとしている父親がテレビのワイドショーで取り沙汰されて大騒ぎになったことを思い出しました。

ドイツの生活風習は私たちのそれとは違いますが、そこで語られる内容はというと、「あるある」「わかるわかる」という事柄の大行進です。

映画を見ている現実とほぼ同じペースで展開していくので、まるでその場で会食に参加しているようなリアリティと気まずさが伝わってきます。大半が一軒家の中での展開ですが、時間軸が同時進行感覚なのでダレることなく、かえって展開が早く感じられます。ストーリーもよく練られていて、そこに出てくる会話はまるで面白いエッセイを読んでいるかのような味わいで飽きません。

配役が素晴らしく、それぞれの演技がまた見事で、何度も見たいと思わせる名作です。

実は、2010年にフランスで、その後イギリスやドイツでも上演された舞台が元になっているそうです。

日本とドイツは同盟国として戦争をやり、同じ敗戦国となりましたが、ドイツの反省とその後の姿勢は徹底したもので、曖昧なままのらりくらりとやってきたこの国とは議論の成熟度も違っているようにも感じます。

これはまた素晴らしい作品に出合えました。状況が許せば、ぜひ映画館で見てほしい一本です。

『お名前はアドルフ?』
監督/ゼーンケ・ヴォルトマン
出演/フロリアン・ダーヴィト・フィッツ、クリストフ=マリア・ヘルプスト、ユストゥス・フォン・ドホナーニほか
6月6日(土)より、シネスイッチ銀座ほか全国順次公開予定
cetera.co.jp/adolf/

© 2018 Constantin Film Produktion GmbH

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Text:Takashi Matsuo Edit:Sayaka Ito

Profile

松尾貴史Takashi Matsuo 1960年、神戸市生まれ。TVやラジオ、映画、舞台、落語、創作折り紙「折り顔」、カレー店の運営など幅広く活躍中。著書に『違和感のススメ』(毎日新聞出版)など。「折り顔展 2020」を今年開催予定。「折り顔」グッズ先行発売中!

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