空前のブーム到来! 新しいホラーがやってきた
ホラー嫌いもホラーを見始めている。これは異変である。「ホラーがオスカーを受賞した」「あの監督もホラーを撮っている」と話題になるのは、ホラー映画が新しくなっているからにほかならない。押えておきたい、新感覚ホラー映画をご紹介。(「ヌメロ・トウキョウ」2018年12月号掲載)
ネオ・ホラー&スリラー映画の潮流とは
ホラーの何が新しいのか
いまアメリカ映画で最も興味深く、先端的なニューモードを示しているのはホラー/スリラーである。単なる特定の娯楽ジャンルを超えて、脱領域的な広がりを見せており、トランプ政権下で閉塞感が増す米国社会の闇を反映しながらスタイリッシュな美意識や方法論を備えているのが特徴だ。最近ではこのジャンル専科ではないさまざまな気鋭監督たちが、次々と注目の傑作を手がけている。新しい潮流の起点は2014年の『イット・フォローズ』だろう。低予算のインディペンデント映画ながら拡大公開に至って全米大ヒット。青春映画『アメリカン・スリープオーバー』(10)でデビューしたデヴィッド・ロバート・ミッチェル監督の第2作だ。前作で見せた甘酸っぱいティーン群像に、セックスによる恐怖の伝播というホラー設定を加えた作風が新鮮な印象を与えた。そして17年の『ゲット・アウト』。白人だらけの田舎で黒人青年が直面する恐怖を描いたもので、人種差別を扱った名作『招かれざる客』(67)の現代版との声も。ホラーにしてブラックムービーという画期的な進化形であり、監督はコメディ界の鬼才ジョーダン・ピールで、アカデミー賞脚本賞を受賞した。
ネオ・ノワール的傑作も
他の重要作としては日本でも2017年大ヒットを記録したスティーヴン・キング原作の『IT/イット〝それ〞が見えたら、終わり。』。同じキング原作の『スタンド・バイ・ミー』(86)を変奏したようなジュブナイル・ホラーだ。2018年公開された『クワイエット・プレイス』は、沈黙が破られると怪物が襲ってくる設定。全編にわたり果敢な音響の実験を繰り広げている。
こういったホラー/スリラーの新しい波はさらなる拡張を続けている。先述のデヴィッド・ロバート・ミッチェル監督の新作『アンダー・ザ・シルバーレイク』は、冴えない青年の彷徨をシュールに描く都市奇譚。デヴィッド・リンチ監督の『マルホランド・ドライブ』(01)を彷彿させるネオ・ノワール的傑作だ。ケイシー・アフレックとルーニー・マーラ主演の『A GHOST STORY/ア・ゴースト・ストーリー』は、1組の夫婦をめぐるファンタジー系。ミニマムな設定ながら時空を超えたドラマの永遠性が圧巻だ。この2作品は『ムーンライト』(16)や『レディ・バード』(17)などの良作で注目される映画会社「A24」の制作。同社は以降も『イット・カムズ・アット・ナイト』や『ヘレディタリー/継承』など続々と新作ホラーを送り出しており、本ジャンルの脱領域化を示すシンボルのひとつといえそう。
同様の傾向はアメリカだけではなく世界中を覆い始めている。『君の名前で僕を呼んで』(17)のルカ・グァダニーノ監督は、イタリアン・ホラーの名作をリ・イマジネーションした新作『サスペリア(原題)』がまもなく公開。音楽はレディオヘッドのトム・ヨークが手がける。また北欧の秀作『テルマ』や、日本でも自主映画から異例のメジャーヒットで社会現象となった『カメラを止めるな!』(17)があるし、中島哲也監督の12月公開作『来る』にも期待がかかる。まだまだこの〝感染〞の勢いは収まりそうにない!
ネオ・ホラーを知るキーワード
『イット・フォローズ』
(2014)
インディペンデント作品ながら全米4から1600館にまで拡大。このあたりから、作家性を存分に発揮することで斬新かつ面白い映画が生まれ、結果的に大ブレイク、口コミや評判がインターネットでバズる良作が増えた。
『ゲット・アウト』
(2017)
今のホラー映画は高度な「社会派」でもある。トランプ政権下で揺れ戻ったレイシズムをブラックユーモアでえぐり取った本作もしかり。このジャンルでオスカーを受賞したのは『羊たちの沈黙』(91)以来。
『IT/イット〝それ〞が見えたら、終わり。』
(2017)
普段ホラーを見ない層も取り込んだ「脱領域的」ホラーの代表作。恐怖のモチーフは近年、SNSによって恐怖のアイコンとして一気に流行した「ピエロ」。ホラー史上最大のヒット作にして、R指定作品最大のヒット。
『クワイエット・プレイス』
(2018)
ディストピアの中、家族が自分たちで身を守るという設定はまさにトランプ時代の心象風景。音響デザインで恐怖を演出するというアート性とエンタメ性の融合も最近のホラーの重要な潮流。
監督・脚本/ジョン・クランシンスキー
出演/ジョン・クランシンスキー、エミリー・ブラント
URL/https://quietplace.jp
全国公開中
「A24」
2012年にNYで設立された新進独立系エンターテインメント会社。カルチャー度の高い良質な映画の制作・配給に定評があり、一気に頭角を現している。『ムーンライト』でアカデミー賞作品賞を受賞。『ルーム』『レディ・バード』なども賞レースを賑わせた。
URL/a24films.com/
いま&これからスクリーンで観られる注目作!
『サスペリア』
秘めたボーイズラブを避暑地の美しい風景とともに描き、日本でも人気を博した『君の名前で僕を呼んで』。このイタリアの気鋭監督ルカ・グァダニーノは少年時代、1977年のホラー『サスペリア』に衝撃を受けた。そのオマージュとして自分の映画を作りたいと思ったという。トム・ヨークの音楽にも期待大。日本では2019年1月25日(金)より公開。
監督:ルカ・グァダニーノ
出演:ダコタ・ジョンソン、ティルダ・スウィントン
URL/gaga.ne.jp/suspiria
2019年1月25日よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国公開予定
トム・ヨークが手がけるサントラ情報はこちら
『ヘレディタリー/継承』
サンダンス映画祭でプレミア上映されてから絶賛が相次ぎ、映画会社「A24」配給作の中でも興行的には最上位の成功を収めている。内容は怪現象に苛まれる呪われた一家の物語で、『ローズマリーの赤ちゃん』や『エクソシスト』などオカルト系の正統路線をアップデートした傑作といえる。監督はこれがデビュー作のアリ・アスター。
監督・脚本:アリ・アスター
出演:トニ・コレット、ガブリエル・バーン
TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開中
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『A GHOST STORY/ア・ゴースト・ストーリー』
事故死した夫がシーツをかぶった幽霊となり、二人で暮らした家を妻が去った後も見守り続ける。最小限のシンプルな設定から斬新に伸びてく物語の感動。古典的な怪奇映画のルックで、ホラーを別次元のファンタジーに昇華した極めてユニークな作品だ。監督は『セインツ-約束の果て-』で今作の主演の二人と組んだデヴィッド・ロウリー。
監督:デヴィッド・ロウリー
出演:ケイシー・アフレック、ルーニー・マーラ
URL/www.ags-movie.jp/
2018年11月17日(土)より全国公開中
『イット・カムズ・アット・ナイト』
『イット・フォローズ』の製作陣と、注目の映画会社「A24」が組んだ話題作。荒廃した世界での苛烈な家族のサバイバルを描く設定は『クワイエット・プレイス』と共通しつつ、王道の心理スリラー寄り。1988年生まれの新鋭監督トレイ・エドワード・シュルツの腕が光る。「ジン・カーペンターとダニー・ボイルを彷彿」との評も。
監督・脚本:トレイ・エドワード・シュルツ
出演:ジョエル・エドガートン、クリストファー・アボット
URL/gaga.ne.jp/itcomesatnight/
2018年11月23日(金・祝)より、新宿シネマカリテほか全国順次公開
『テルマ』
『母の残像』(2016)が評価されたデンマーク出身の気鋭監督ヨアキム・トリアー。彼は鬼才ラース・フォン・トリアーの親類。超常的な念動力を持った少女の恐怖と悲劇を描く『キャリー』風の内容だが、北欧の名匠ベルイマンの影響をホラー方面に拡大させた作風ともいえる。アカデミー賞外国語映画賞のノルウェー代表作品に選出。
監督:ヨアキム・トリアー出演:エイリ・ハーボー、カヤ・ウィルキンス
URL/gaga.ne.jp/thelma/
YEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次公開中
2019年2月20日(水)DVD発売
『アンダー・ザ・シルバーレイク』
ハリウッドセレブとそのワナビーたちが蠢く街、シルバーレイクで陰謀論に取り憑かれていくポップカルチャー中毒の青年。『サンセット大通り』(1950)から続くLA悪夢譚の系譜。センスのいい選曲や映画などの膨大な文化的引用、シュールなアイテムなど、新鋭デヴィッド・ロバート・ミッチェル監督は前二作で示した自らの美学を全面展開している。
監督・脚本:デヴィッド・ロバート・ミッチェル
出演:アンドリュー・ガーフィールド、ライリー・キーオ
URL/gaga.ne.jp/underthesilverlake/
新宿バルト9ほか全国順次公開中
Text:Naoto Mori Edit:Sayaka Ito