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ワイン造り=本質と向き合う希代の造り手、ボーペイサージュにとっての「テロワール」

テロワールとは何なのか。まず訪ねたのは、意志あるワインの造り手と伝え手。それぞれの視点から浮かび上がる、現在進行形のムーブメントがここに。世界が注目する造り手、山梨県のボーペイサージュが考えるテロワールとは。(「ヌメロ・トウキョウ」2017年12月号掲載)

“テロワール”をめぐる冒険 02

山梨県北杜市のワイナリー、ボーペイサージュの岡本英史。
山梨県北杜市のワイナリー、ボーペイサージュの岡本英史。

世界1%未満の土壌こそ日本の宝

フランスやイタリアといったワインの国の人々に「会いたい日本の造り手」を聞けば、筆頭には必ず「ボーペイサージュ」岡本英史(おかもと・えいし)の名が挙がる。山梨県北杜市津金(ほくとしつがね)、標高800メートルの畑で育てるブドウは、メルロー、シャルドネ、ピノノワールといった国際品種。だが、醸されたワインは香りも味もヨーロッパのそれらとはまったく異質。いわば、ワインの国が知らないワインなのだ。

「日本には宝がたくさんあるのに、多くの造り手は海外の真似をします。それだったら海外のワインを飲めばいいわけで、僕はその人の生き方や価値観がわかる、その人そのもののワインを飲みたいし、造りたい」

津金地区の畑。生い茂る下草は除草剤を使わない証。
津金地区の畑。生い茂る下草は除草剤を使わない証。

彼の言う日本の宝の一つに土壌がある。その前に説明すると、ブドウには樹木自体の体を大きくしようとする「栄養成長」と、実を熟して子孫を遺(のこ)そうとする「生殖成長」がある。人の手による栽培は、そのバランスをどう取るかが鍵になる。

「日本では地力が強く、栄養成長に傾いて樹勢が旺盛になるほうが問題。ヨーロッパのように何百年と栽培を続けて地力が弱くなった畑では、生殖成長のほうが強くなる。その技術や考え方をこっちで真似しても、目指す方向とは逆へ行ってしまうだけです」。地力が強いのは、肥沃だから。その土地をわざわざ痩せさせたり、根を切ったりして樹勢を落としたりすることはない。「津金は『黒ボク土壌』。日本では多いけど、世界では1%未満です。海外の銘醸地を羨ましがるより、そんな希少な土地で造れることのほうがありがたい」

では岡本にとってテロワールとは、やはり「土地、土壌」なのだろうか? 実は1999年に畑を借りた当時、津金は「誰も手を挙げなかった土地」だった。標高が高すぎるのだ。しかし「土地、品種、ワインのスタイルというすべてを人間の都合で決めることは、テロワール的ではない」。だからまずはメルローという品種を一つだけ決めた。このブドウ栽培が適う土地へ人間が移り住み、出来上がったワインのスタイルを受け入れていく、というあり方である。

津金地区の畑。みずみずしい空気のなか、手塩にかけたブドウがたわわに実り、凜とした輝きを放っていた。
津金地区の畑。みずみずしい空気のなか、手塩にかけたブドウがたわわに実り、凜とした輝きを放っていた。

数百年間の10年を見据えて

この地で彼が栽培するのは日本固有のブドウでなく、国際品種である。もともと日本にはない品種を海外から持ち込み、日本で栽培することを、岡本はどう捉えているのだろう。

「そもそもフランスにもイタリアにも、ヴィティス・ヴィニフェラ(ワイン用ブドウ)はなかったんです。古代ローマ人がフランスへ持ち込んだけどブルゴーニュにはなかなか根づかず、人類が初めてピノ・ノワールを獲得するまでに数百年かかっている。いま、そのピノ・ノワールからさまざまな品種が生まれているけれど、もし数百年の間に誰かが“この土地に合わない”とやめていたら終わっていたかもしれないですよね」

津金地区の畑にて。
津金地区の畑にて。

ブドウは変異に次ぐ変異の歴史で、多くの品種に枝分かれしてきた。まさにいま、岡本の畑でも変異が起きて新品種の登録を申請中。もとはピノ・グリだが、半分が黒ブドウ、半分が白ブドウ。ブドウはそんなふうに旅をしながら、世界中でその土地なりのヴィティス・ヴィニフェラを生んできた。

「僕らのブドウが本当に津金の地に合っているかわかるのは、数百年後でしょうね。でも数百年のうちの10年に関われたら、それで十分」。いわく、いま自分が生きている時間だけで考えると、本質を見失う。日本人は「いま咲いている花」「いまなっている実」を集めたがるけれど、世界では、植えることに価値を置く。尊いのは収穫物でなく、植えることであり、植えようとした人なのだと。

左:ツガネ ラ・モンターニュ 2010(品種:メルロー) 中:ツガネ シャルドネ2009(品種:シャルドネ) 右:クラハラ・ニュアージュ2014(品種:ソーヴィニヨンブラン)<br />
「味が良くなる、ならないでなく、ワインとはブドウの“果実”を表現したものでありたい」と、白ワインでは皮も種も実のすべてを使い、赤ワインでは梗(茎)を取り除く。
左:ツガネ ラ・モンターニュ 2010(品種:メルロー) 中:ツガネ シャルドネ2009(品種:シャルドネ) 右:クラハラ・ニュアージュ2014(品種:ソーヴィニヨンブラン)
「味が良くなる、ならないでなく、ワインとはブドウの“果実”を表現したものでありたい」と、白ワインでは皮も種も実のすべてを使い、赤ワインでは梗(茎)を取り除く。

次の世代の幸せのために

あらためてテロワールとは何か。岡本に問うと、「本質」と返ってきた。

「単に土地の表現というより、“ワインとは何か”ということ。拡大解釈ですけど、人、自然環境、労働環境、流通も含めて何がいいことか、どうバランスを取るのか。それらを考え求めて、初めて本来の味といえる」

本質であれば、より多くの人が、より長く幸せを感じられるはずだ。逆に、自分たちが楽しめても、次の世代が楽しめなければそれは本質とはいえない。例えば「自然環境にとっていちばん悪い産業は農業」だと岡本は言う。私たちはよく有機肥料、無農薬栽培など「農法」だけに着目しがちだが、「大気汚染が深刻な日本で、雨は畑に降り注ぐ。そこで農法を謳うことにはあまり意味がない。残留農薬の有無といった、結果のほうが大事です」。農法の前に、作物を育てることは土に窒素を増やし、栄養過多となってプランクトンが増え、川が汚れ、海が汚れることにもつながると生産者自身が自覚すること。そして土地にどれだけ負担をかけないか、未来のために考えていくこと。

さらに言えば、生産者から安く買い上げ、安く売るのはサプライヤーの問題。安いことを良心的だといってしまうのは、私たち飲み手の問題。「そのバランスが取れたとき、売り手良し・買い手良し・世間良しという“三方良し”の日本的なワインになると思う」。決して恵まれてはいなかった土地で造る岡本のワインが、なぜ何にも媚びない個性を放ち、世界に尊敬されるのか。おそらくはその一本一本が「本質」というテロワールから生み出されているからだ。

テロワールとは?

「土地、人、環境、すべて含めてワインとは何かを問うもの。本質です」

ボーペイサージュ
「Beau Paysage=美しい景色」。1999年設立。化学肥料や除草剤、殺虫剤は使用せず、ブドウ栽培から醸造、瓶詰めまでを手作業でまかなう。(※現地での直販なし)

※記事中の情報は「ヌメロ・トウキョウ」2017年12月号掲載時点/一部更新)

“テロワール”をめぐる冒険

Photos : Makiko Doi Interview & Text : Naoko Ikawa Supervisor : Junko Suzuki Edit : Keita Fukasawa

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