Food / Post

ワインから広がりつつある食のキーワード「テロワール」とは?

土壌や風土を表すワイン用語「テロワール」が、日本茶やパン、食に関わる運動まで、いま多様な広がりを見せている。でも「テロワール」とは一体なんだろう? 造り手の情熱を伝えるソムリエと、自然派ワイン(ヴァン・ナチュール)の思想を伝える情熱の飲み手が語り合う。(「ヌメロ・トウキョウ」2017年12月号掲載時点/一部更新)

“テロワール”をめぐる冒険 01

対談:永島農(HIBANA)×鈴木純子(アタッシェ・ドゥ・プレス)
そもそも「テロワール」とは?

 
鈴木純子(以下鈴木)「『テロワール』という言葉について、ワインのプロである永島さんは、どう捉えていますか」

永島農(以下永島)「テロワールは国、畑、日照量、生産者の状況などブドウが育つ場所にまつわるさまざまなこと。ブルゴーニュワインで特によく用られる言葉ですが、それはグラン・ヴァン(※1)の畑が連なる地域だから。同じ地域で同じ品種のブドウを育てているのに、価格に驚くほどの開きがある理由はテロワールの違いだと言われています。だから、プロ側がその言葉でイメージするのは、石灰質や粘土質などの地質です」

鈴木「古くからの銘醸地はAOC(※2)によって階層化されて、明確に造り方まで定められています。ワインの専門用語としての『テロワール』が、最近では一般名詞化するほど浸透し、『テロワール』でワインを語る飲み手が増えていますが、言葉が広がるにつれて定義も曖昧になっている。最近では、日本茶などワイン以外のジャンルでも使われていますね」

永島「『ミクロクリマ』という言葉がありますが、これは微小気候のこと。例えば無農薬の畑があるとして、隣は森なのか、農薬を多く使う畑かで環境はまったく異なるわけです」

鈴木「それらすべてを『テロワール』で語ってしまうと、ワインそのものの姿が見えなくなりそうですね」

ヴォドピーヴェッツの畑に実ったヴィトフスカのブドウ。
ヴォドピーヴェッツの畑に実ったヴィトフスカのブドウ。

自然派ワインとテロワールの関係

鈴木「フランスのワイナリーを訪れると『うちの地質はこれ』と石を見せてくれたり、樹齢など数字の話になったりします。一方で、自然派ワインはAOCによって定められた造り方ではないから、それをテロワールで差異をつける必要はないのでしょうか」

永島「自然派ワインという言葉をここでは便宜的に使うとして、通常のワインが培養酵母を用いるのに対し、自然派ワインはブドウの皮に付着した酵母だけで発酵させます。天然なのでコントロールが難しく、その年によって発酵が進んだり、緩かったり。でも、その土地の酵母を使うわけですから、むしろテロワールと直結しているともいえますよ」

鈴木「私にとって自然派ワインはアートに近いもの。例えば、画家は筆と絵の具を使って描きますが、ワインにおいては筆や絵の具がブドウや地質、気候。造る道具が同じでも、大量生産のワインとの大きな違いは、造り手の意志が感じられるかどうか。それを確認するために、ワインの造り手に会いに行っています。ただ、大量生産だからダメ、自然派だからいい、ということではなく、飲む人が何を好むかだと思いますが」

イタリアの造り手パオロ・ヴォドピーヴェッツと永島さん。
イタリアの造り手パオロ・ヴォドピーヴェッツと永島さん。

永島「洋服のようなものですね。好きなブランドの服を買うのか、ファストファッションでいいのか。自然派のワインは発酵、天候、気候など自然を相手にしているのでリスクは大きいのですが、それでも生産者が自然派にこだわる理由は“プロダクト”ではないものを造りたいから。アーティストのような自然派がいる一方で、大手の生産者が大きな畑で造ったワインや、他の畑からブドウを買って造ったワインも否定できない。自然派の生産者が1年で造る上限が1万5千本だとしたら、大手は評価の高いワインを10万本安定して造ることができますから、それはそれですごいことです」

鈴木「大量に造る技術が発達したということですよね。だから『何を好みますか』ということですね」

──自然派は亜硫酸塩が無添加だから体にいい、悪酔いしないという話についてはどうでしょうか。

永島「酸化防止剤は実に面白いもので、ワインは発酵の間に自ら少量の亜硫酸塩を作り出すんです。だから、どのワインでもゼロではない。無添加でも亜硫酸塩と明記することもあります。これについてはさまざまな意見があるけれど『無添加ならいい』というものではないと思っています。添加物が少ないと、微生物が予期せぬ行動を起こすこともある。自然派を避ける方には、微生物にいたずらされているから飲まないという方もいます」

日本は自然派ワイン最大の消費国

鈴木「遠く離れた日本が自然派ワインの中心地というのも面白いですよね。自然派ワインは銘醸地の格付けではテーブルワインに分類されることも多い。フランスでは地域と味の傾向が厳密に決められており、予想を裏切る味はその土地を名乗ることが許されません。日本はワインの歴史が浅いので、かえって飲み手が権威から自由な感性でフラットに判断できるのではないでしょうか」

永島「とはいえ、日本のワインラバーはソムリエ並みの知識を詰め込んでいる人が多く、自然派ワインはヒエラルキーの外にあるものだからと毛嫌いする人もいます。僕はある程度の位置付けを把握するために勉強しましたが、昔から自然派ワインは好きです」

鈴木「自然派の造り手は、フランスでもイタリアでも異端児です。グラン・クリュ(※3)の畑を持っていても土地の名前を名乗れない。それでも、自分のやり方を追求したいというロックな人たち。アレクサンドル・バン(※4)が裁判で争い、いったん剥奪された土地の名前を再び名乗れることになったのは画期的なことであり、業界が変わっていきそうですね」

鈴木さんが敬愛するフランス・プイィ フュメの造り手アレクサンドル・バン。除草剤や化学肥料を使わず、 馬によって耕される畑で。
鈴木さんが敬愛するフランス・プイィ フュメの造り手アレクサンドル・バン。除草剤や化学肥料を使わず、 馬によって耕される畑で。

永島「アルザスのジェラール・シュレールの畑は2000年にグラン・クリュに認定されましたが、アルザスらしい味ではなく名乗ることが許されなかった。そこでラベルの『グラン・クリュ』の文字にモザイクをかけて『欠点なし』として出荷。格好いいですね」

手塩にかけたワインが眠る、アレクサンドル・バンの醸造庫での1コマ。中央が鈴木さん。
手塩にかけたワインが眠る、アレクサンドル・バンの醸造庫での1コマ。中央が鈴木さん。

テロワールから広がる豊かな世界

鈴木「テロワールという概念の他分野への広がりでいうと、レストランのシェフでも産地に足を運ぶ人が増えています。土地を知ることやスタッフの働き方を含め、どんなふうに作られた材料を誰がどうやって料理しているのか、これまで食べる側には見えなかったブラックボックスの部分がプレゼンテーションされることで、信用して食べることができる。『食』は突き詰めれば『人』なんだと思います」

永島「ワインだからと難しく考える必要はなく、音楽と一緒で、重要なのは心を動かされるかどうか。その意味で、自然派の造り手の思想を感じやすいのは確かです。まず好きな造り手を一人見つけて、それを自分の座標軸のゼロにすれば、違うワインを飲んだときにそのワインはどの位置にあるのかが見えてくる。『この造り手はいいな』という感覚がその人のテロワールになり、ワインの楽しみがさらに広がっていくと思います」

テロワールとは?

造り手がブドウという“絵筆”を使って、ワインで表現する土地の“描画”(鈴木)

人間のコントロールを超えた気候風土と、その年のブドウと生産者が持つ情報(永島)

永島氏による“テロワールを感じる”イタリアワイン3選

※名称/ヴィンテージ(産地/造り手/品種)で表記(「ヌメロ・トウキョウ」2017年12月号掲載時点)

左:ソーロ 2011(フリウリ=ヴェネツィア・ジュリア/ヴォドピーヴェッツ/ヴィトフスカ)「スロべニアとの国境近く、表土が薄く石灰岩で覆われた地で醸す唯一無二のワイン」(参考商品)

中:チンクエ・テッレ 2014(リグーリア/ポッサ/ボスコ80%、アルバローラ20%)「世界遺産でもあるこの地の恐ろしい急斜面で何故ワインを造ったのか、考えさせられる一本」

右:サッセッラ・ウルティミ・ラッジ 2006(ロンバルディア/アールペーペ/ネッビオーロ(キアヴェンナスカ)「先人たちが断崖絶壁の岩山を切り開いた急斜面で造られる、イタリア的文化遺産」
すべて株式会社ヴィナイオータ http://vinaiota.com

Keyword

(※1)グラン・ヴァン
直訳すると「偉大なワイン」。フランスのワインボトルに明記されることが多い。ボルドーやブルゴーニュなど銘醸地の高価で長期熟成されたワインを表す。

(※2)AOC
フランスの原産地統制呼称法。1935年に優れたワインの産地を保護、管理するために制定された。産地を名乗るためブドウ品種やアルコール度数、醸造方法などの制限がある。

(※3)グラン・クリュ
特級畑のこと。地域によって基準はさまざまだが、ブルゴーニュでは「格付けなし」「プルミエ・クリュ」「グラン・クリュ」の3区分で、グラン・クリュは全体の1%ほど

(※4)アレクサンドル・バン
ロワール地域プイィ フュメで「次世代のリーダー」と呼ばれる自然派ワインの情熱的な造り手。「ノーマ」「アストランス」など感度の高いレストランでも取り扱われている。

“テロワール”をめぐる冒険

Supervisor: Junko Suzuki Text: Miho Matsuda Edit: Keita Fukasawa

Profile

鈴木純子(Junko Suzuki)アタッシェ・ドゥ・プレスとして、食やデザイン、ライフスタイル全般のPRをカバー。造り手の意思が感じられるワインやフードが好物。フランスと行き来しながら、レストランやワイン生産者巡りをライフワークとしている。料理研究家:植松良枝とともに定期的に自然派ワイン講座を開催。次回は4月2日。詳細はインスタグラムアカウントにて。Instagram: @suzujun_ark Photo: Aya Kawachi
永島農(Atsushi Nagashima)四谷三丁目・荒木町「HIBANA」店主。高校時代からイタリア料理店でアルバイトをし、1995年に六本木「サバティーニ」入店。麹町「スカーラ」、代官山「キアッケレ」を経て、2002年に表参道「フェリチタ」支配人。2017年9月にワインバー「HIBANA」をオープン(紹介制・要予約)。専門はイタリアワインだが、世界各地のワインや自然派ワインなどもカバーする。

Recommended Post

Magazine

July / August 2019 N°128

2019.5.28発売

So Animalistic!

動物たちのいるところ

オンライン書店で購入する