伊藤万理華インタビュー「好きなものを誰かと共有しないと心が死んじゃう」
旬な俳優、アーティストやクリエイターが登場し、「ONとOFF」をテーマに自身のクリエイションについて語る連載「Talks」。vol. 76は伊藤万理華にインタビュー。
映画『サマーフィルムにのって』で、勝新太郎を愛する時代劇オタクの高校三年生・ハダシを演じている伊藤万理華。映画部に所属しながらも、自分の“好き”を生かせない状況に悶々とするハダシだが、自らが書いた脚本の主役のイメージにぴったりな青年との出会いをきっかけに映画作りに邁進し始める──。恋と友情に加え、SFや時代劇といった要素も加わった新時代の青春映画の真ん中で、“好き”という気持ちをエンジンに突っ走るハダシは、乃木坂46を卒業し、活発化する役者活動と並行して、愛するファッションやマンガや写真を起点にした創作活動を行う伊藤自身に自然と重なる。
未来につながるような作品に参加できてうれしい
──いろいろな受け取り方ができる映画だと思いますが、伊藤さん自身はどう受け止めましたか?
「コロナの影響で一度撮影が2~3カ月中断されたんですね。もうすぐ撮り切れそうなタイミングで、この映画が未来に残せないかもしれないっていう事態になってしまって。それに、映画館が閉まるような状況にもなっていて。この映画の物語では映画のない未来が描かれているので、現実の状況に私の気持ちがすごく重なったんです。『本当に映画がなくなるかもしれない。どうしよう……』って。でも撮影が再開できて、今こうやってやっと公開に向けて動いてるのはすごいことだなって思うんです。苦しい状況でもあきらめないで、映画を作りたいっていう気持ちを持ち続けたことによって、この『サマーフィルムにのって』という作品を観た誰かがもしかしたら『映画を作りたい』って思ってくれるかもしれない。そういうふうに未来につながるような作品に関われて本当にうれしいしですし、私も勇気をもらえる作品です」
──主演のオファーがあった時の印象はどうでしたか?
「時代劇オタクで『時代劇の映画を作りたい』と、自分の好きなものに全力を注いでるハダシは私と共通している部分が大きいので、その役を与えてもらえてすごくうれしかったです。私が演じるということで、既にあった脚本にあてがきを加えていただいたんです。そんな幸せなことはもうないんじゃないかと思って演じていました(笑)。私の周りには『趣味がない』と言う人が結構いて。私自身は好きなものに囲まれて育って、ずっと趣味を追いかけてきたんですけど、それは特別なことなんだってこの映画を通してより強く感じました。ハダシを見ててもそう思うけど、恥ずかしいと思っても自分の好きなことを口に出すことが大事なんだなって。アイドルをやってた当時から、そのスタンスは変わってないんです。自分ではただの趣味だと思ってたことがお仕事につながったりもしていて」
個展で伝えたかったこと
──昨年、渋谷パルコで開催されていた伊藤さんの個展「HOMESICK」にお邪魔したのですが。
「え、そうなんですか! 恥ずかしい~(笑)」
──(笑)。好きなものに対する伊藤さんの熱量と強い意志が爆発しているような展覧会でした。
「そうですよね(笑)。過去2回個展をやらせてもらってるんですが、最初の個展(2017年「伊藤万理華の脳内博覧会」)は、乃木坂46からの卒業を考えていたタイミングでパルコさんからお話をいただいて。そこで私がずっとため込んできた好きなものを出して、有終の美を飾れるんじゃないかと思ったところもあってやらせてもらったんです。そこである種、燃え尽きてしまったところもあって。そこから2年くらいは、好きなものはあるけど、個展をやらなきゃっていう気持ちはなくて。でも、グループから卒業してひとりになって、『厳しいことも経験した大きな船から降りてどうやったら私は前に進めるんだろう』って考えたときに、家族との関係性を変えることで一歩進めるのかなって思って、勇気を出してお母さんに『一緒にドレスを作ってください』って言ったんです。そうやってコミュニケーションを取ることから、また新たな創作が始まったんです。
その流れで、また個展をやりたいと思ったんですけど、一回目の個展よりパーソナルな部分を出したいって思って。それを軸にしてパルコさんに企画書を出したり、周りの方に『なぜこれがやりたいか』って話をして。理由もなく、なんとなく好きなものを出しました、みたいなものだと何も伝わらないと思ったんです。それと、家族や家がひとつのテーマでもあったんですけど、誰しもが家族に対して何かしら抱えてるものってあるんじゃないかなと。あの展覧会を見て、ただの自己満足だと思う人や何も感じない人もいると思うんですけど、ちゃんと見てくれればきっと共感してくれる部分があるんじゃないかと信じてやってみました。私と同じように、人とのコミュニケーションや家族との関係性に悩んでいる人がいるとしたら何か共感してくれるんじゃないかって。私はああやって一つの空間を作ったことで、本当に前に進めたんです。人と対話できるようになったり。そんな単純だけど大事なことを私でもできたので、人と関わることをあきらめないでほしい。一歩動くことでこんなに世界は広がるんだよってことを伝えたかったところもあります」
グループ時代の経験が今に生きている
──伊藤さんは好きなアーティストとコラボレーションして作品を生み出されています。ハダシもそうですが、そうやって周囲を巻き込む原動力とはどういうものなのでしょうか?
「この人となら一緒におもしろいことができるかもしれないっていう好奇心がいちばん大きいと思います。周りに興味を持って、作品を観に行ったり、人に会いに行ったり。そこで生まれるコミュニケーションがすごく好きで。お仕事でも何に関しても思うんですけど、ものづくりって結局人と人のつながりだと思うんです。表面的なものだけでは作品として成立しなくて、対話をして情熱を伝え合って、何かを残したいって思うことで人に伝わるものになる。そのスタンスはずっと持っています。『サマーフィルムにのって』もそうなんですけど、グループ時代にやっていたことが良い意味で跳ね返ってきていると感じることが最近すごく多いんです。当時は10代だったし、恥ずかしさがあったり、迷っていたり、グループの中でどういうポジションにいればいいのかを模索しながらも、作品づくりをずっとやっていて。それが今、ドラマや映画につながってきていて、やってきたことは無駄じゃなかったというか。コツコツものづくりをやっていくことをあきらめなくてよかったなと思ってます」
俳優とクリエイター、二つの活動
──役者活動と創作活動はどのような関係性なのでしょう?
「役を通してのアプローチは、それこそ個展で展示したような作品づくりとは全然違って。ちょうど今やらせてもらってる『お耳に合いましたら。』(テレビ東京系にて放送中)というドラマの役が、好きなものを誰かに伝えないと心が死んじゃうからポッドキャストで自分の好きなものについてワーってしゃべってるっていう女の子の役なんですけど、私も一緒で好きなものを誰かと共有しないと心が死んじゃうんです(笑)。だから、最近『脳内展覧会PLAYLIST』っていうプラットフォームを作って、個展でやったことを見れるようにしたり、新しい作品を展示したり。そうやって自分の中でバランスを取っている感じです」
──創作のスイッチはどういうときに入りますか?
「『HOMESICK』の時は、さっきお話ししたように親とのコミュニーションからスタートしてるんですけど、マンガ家の椎名うみさんにマンガを描いてもらって、その場で実写化するような空間が作りたいって思ったことも大きかったんです。私はそれまでそういうものを見たことがなかったので。なので、『これは誰もやったことないんじゃないのかな』って思うものがひらめいたときにスイッチが入るかもしれないです。日常的にメモしたり、ピンときた画像をフォルダに集めていて、たまにそれをコラージュして勝手にZINEを作ったりもしてます。世には出さないただの趣味として(笑)。いつか出したい気持ちはありますけど。ZINEを作るために何かを切ったり貼ったりしているときは、気持ちが全然違うんです。生きてる感じがするというか。ハダシもそうですけど、そうやって好奇心を持って好きなものに向かう気持ちは自分の中にずっと強くあるんだろうなって思います」
──作品作りのほかには、オフは何をしていますか?
「今はありがたいことにお仕事がたくさんあって、全然オフがない状況なんですけど、今日はお仕事が始まるのが比較的遅かったので、朝本当に久しぶりに自炊をしたんです。サンドイッチを作っただけなんですけど(笑)。昔作ったサンドイッチが、過去イチだって思うくらいおいしかったのでそれを急に思い出して、スーパーに食材を買いに行って、作って、久々に味わってきました(笑)。たくさん時間があったら、自然のあるところに行って森林浴がしたいです。前はよく知らない場所に行ってぼーっとしたり、遠出して温泉に行ったりしてたので、そういうことも久々にやりたいです」
『サマーフィルムにのって』
勝新を敬愛する高校3年生のハダシ(伊藤万理華)。キラキラ恋愛映画ばかりの映画部では、撮りたい時代劇を作れずにくすぶっていた。そんなある日、彼女の前に現れたのは武士役にぴったりな凛太郎(金子大地)。すぐさま個性豊かな仲間を集め出したハダシは、文化祭でのゲリラ上映を目指すことに。青春すべてをかけた映画作りの中で、ハダシは凛太郎へほのかな恋心を抱き始めるが、彼には未来からやってきたという秘密があった――。
監督・脚本/松本 壮史
出演/伊藤万理華、金子大地、河合優実、祷キララ
8月6日(金)より新宿武蔵野館ほか全国公開
phantom-film.com/summerfilm/
Photos:Takehiro Goto Stylist:Momomi Kanda Hair & Makeup:Miki Tanaka Interview & Text:Kaori Komatsu Edit:Sayaka Ito