尾野真千子インタビュー「私は主人公・良子のように必死で生きられているのかな」
旬な俳優、女優、アーティストやクリエイターが登場し、「ONとOFF」をテーマに自身のクリエイションについて語る連載「Talks」。vol.73は尾野真千子にインタビュー。
日本を代表する役者、尾野真千子。『舟を編む』の石井裕也監督がコロナ禍における現代日本の生き辛さを真っ向から描いた映画『茜色に焼かれる』で、7年前に理不尽な交通事故で夫を亡くし、中学生の息子をひとりで育てる主人公、田中良子を演じている。これでもかと襲いかかる苦境に対し、息子への愛情を燃やして気丈に生きる良子という役に対し、何を感じたのか? 「私のオフの話はつまらないですよ」と笑いながらも、貴重なプライベートの話も聞かせてくれた。
監督の変態さ加減=作品への強い思いに共感
──『茜色に焼かれる』のオファーがあったときは率直にどんな気持ちでしたか?
「企画書の時点で内容が細かく書かれた台本のようなものだったんです。そこに石井裕也という人の変態さ加減がもろに出ていて。作品への強い思いってことですよ! 私はそこが大好きで。『あ、コロナ禍でこういう作品を作ってくれるんだ』と思い、この映画はいま撮らなきゃいけないと感じてすごくワクワクしました。特に最後のシーン、『このセリフを私は言いたい』と思っちゃったんです」
――苦難を背負いながら生きる田中良子という役に対してどんな印象を持ちましたか?
「子どもに対しても夫に対しても世の中に対しても負けずに生きているんですよね。くじけそうになっても『生きる!』みたいな強い気持ちを持っている人間だと思いました。私はこんなに必死以上の必死で生きられているのかなって思いましたね。コロナ禍における仕事に対しての向き合い方も含めて考えさせられました。この作品のお話を受けた頃はコロナという見えない敵が怖くて、仕事をやりたくないって思っていた時期でした。『もしコロナに罹ってしまったら』と考えてしまって……私はまだ終わりたくなかったし、現場で死にたくなかったんです。その時やっていた仕事も中断したいと思ったぐらいで。しばらく休んでこの見えない敵が収束してからまた始めるのが自分にとって一番すっきりする方法なんじゃないかなとも考えていたんです。その時にこの企画書を読んだんですが、『これはやらなきゃな』『ここで止まってるわけにはいかないな』と思えたんですよね。究極なことを言うと、自分が納得できる演技ができるのであれば、現場で死んでも悔いはないなと。それが生きた証にもなるし、きっと恨むこともない。この作品によって『生きなきゃいけない』って思わされたんです」
まるで自分の心を見透かされているような台本
──良子は過酷な現実と向き合う中で、さまざまな表情を浮かべながらことあるごとに「まあ頑張りましょう」という言葉を口にします。その口癖から何を受け止めましたか?
「『頑張るしかないからな』っていう感じですね。『頑張る』っていう言葉に対する思いは人それぞれだと思いますが、私自身、昔は『頑張りましょう』という言葉が嫌いだったんです。でもいつの間にか、頑張らないと何も動かない、私は頑張るしかないんだと気付きました。人から『頑張れ』って言われることも嫌だったけど、本当はそう言われないと頑張れない人間だったんですよ。そこから自分の中でも『まあ頑張りましょう』っていう言葉が合言葉のように存在していたんですね。だから、まるで自分の心を見透かされてる台本のようだと思って。それであまり背負わず、自分自身にも言い聞かせている言葉のように『まあ頑張りましょう』というセリフを口にしていたと思います」
──「頑張らないと何も動かない」と思ったのはなぜなんでしょう?
「私、普段すごくダラダラしてるんです。家にいる姿を見せられないくらい(笑)。床ずれになるんじゃないかってくらいじっとしてます。でも以前は、自分から動かないと私のことを知ってもらえないし、仕事ももらえなかった。誰かから『頑張れ』って言われて、『それは言わないで。自分は充分頑張ってる』って思ったとしても、結局本当に頑張らないと始まらないんですよね。今自分がこうして生きられてるっていうことは、何かしらその頑張りがつながっているんだと思っています」
尾野真千子っぽいと言われたら終わり
──『茜色に焼かれる』の良子は社会のさまざまな生きづらさと戦っています。ご自身が戦っているものというと?
「日々戦ってますね。映像の中で役に命が吹き込まれてないといけないと思うので、そのために監督、プロデューサー、役者、いろいろな方と役の中で戦っているつもりです。作品の中で“女優・尾野真千子”が出てはいけないと思っていて、ちゃんと役として生きられているかどうか。見てくれた人に『あの役、尾野真千子っぽいよね』て言われたら終わりだと思ってます(笑)。だから、コメディだとしてもシリアスな作品だとしても、“生っぽい”っていうのが自分のスタイルなんだと思います。実際、その役がやってることを私が経験したかしてないかではなく、普段私が感じていることを役に出すことで、役そのものが生きているように見えるかを意識していますね」
──作品の中では役に没入されている印象がありますが、オンとオフの切り替えは上手なほうだと思いますか?
「ああ、よく『本番前はバカ話してるけど、本番になったら切り替わる』とは言われますね。性格上、本番以外ではいつも通りにしていないと、役に向き合った時に気持ちが流れちゃう気がするんです。ずっと役に入っててくれないと嫌だと思う監督もいらっしゃるので、そういう場合は監督が私を見てない時はなるべく普段の私でいるとか、工夫して頑張ってます(笑)。でもそういうところも含めて、私と一緒に作品を作るのがやりづらい方も中にはいると思います」
──いつ頃からそうやって過ごすことができるようになったのでしょう?
「人見知りが和らいだ頃ですかね。若い頃は全然人と話せなくて、コミュニケーションが不足してました。頭の中は役のことだけで、それ以外のことが入ってきてしまうとちゃんと演じられなくなるんじゃないかと不安で。だからすごく疲れてましたね。でもだんだん現場での経験が増えて、新しい人との出会いも増えていくことで薄れてバランスも取れていきました。今でも人見知りではあるんです。だけど『えいや』の気持ちで頑張ってます。やっぱり頑張らないといけないですから(笑)」
──尾野さんの趣味というと釣りが知られていますが、オフの過ごし方は変わりましたか?
「やっぱり今はほとんど行けてないですね。家で配信の映画を観たり、散歩することが多いです。でもこの職業ってコロナ以前から、外に出ると何を言われるかわからないところがあるので、もともと家にいることが多かったんですね。外食が減って自炊することが増えたくらいで、生活自体はあまり変わらない。だから私のオフの話はつまらないですよ(笑)」
──(笑)釣りが好きになったきっかけは何だったんでしょう?
「事務所の社長が釣りをよくしていて、それでだんだん興味を持ち始めて、試しに一度やってみたら釣れたので楽しくなっちゃって。それでYouTubeの釣り動画を観るようになったんです。そこでたまたま目に入った動画に釣り専門のYouTuberの釣りよかでしょう。が出ていて、『この人たちと一緒に釣りがしたい!』と思ってコンタクトを取って、番組で一緒に釣りをしたこともありましたね。昔から船が好きで、氷川丸に乗りに横浜へ行ったり、地方で遊覧船に乗ったり。だから、船釣りが好きですね」
──そういう体験によって、お仕事に対する気持ちがリセットされるとか、何かしらフィードバックはあったりするのでしょうか?
「特にないですね(笑)。あまり溜め込まないタイプで、現場が終わるとその日で自然とリセットされるんです。あまりにも疲れた時でも次の日にずっと寝ていれば大丈夫になる。回復が早いんです(笑)」
映画『茜色に焼かれる』
7年前に理不尽な交通事故で夫を亡くした母子。母の名前は田中良子。彼女は昔、演劇に傾倒しており、お芝居が上手だ。中学生の息子・純平をひとりで育て、夫への賠償金は受け取らず、施設に入院している義父の面倒も見ている。経営していたカフェはコロナ禍で破綻。花屋のバイトと夜の仕事の掛け持ちでも家計は苦しく、そのせいで純平はいじめに遭っている。久しぶりに会った同級生には振られた。社会的弱者、それがなんだというのだ。そう、このすべてが良子の人生を熱くしていくのだから……。はたして、彼女たちが最後の最後まで絶対に手放さなかったものとは。
監督/石井裕也
出演/尾野真千子、和田庵、片山友希、永瀬正敏、オダギリジョー
5月21日(金)より全国公開
URL/akaneiro-movie.com
Photos:Takehiro Goto Styling:Asuka Emori(BRÜCKE) Hair & Makeup:Keizo Kuroda(Iris) Interview & Text:Kaori Komatsu Edit:Sayaka Ito