アンドロイドオペラ「Scary Beauty」美しさの中にある怖さ @ALIFE 2018
そこで見た景色は、きっとずっと経ってからも記憶に残るだろう。あの地球(日本科学未来館 の「ジオ・コスモス」)の下、月光のような逆光、ピアノとオーケストラと、それを指揮していたアンドロイド、オルタ2の姿と共に。
7月の夜。渋谷慶一郎、石黒浩(大阪大教授)、池上高志(東大教授)らによるアンドロイドオペラ「SCARY BEAUTY」のライブ会場にいた。今回、日本未来科学館で開催されている「ALIFE」展の一環で、開催されたこのライブは、アンドロイドがオーケストラを指揮するという。
数年前に渋谷氏の「THE END」を見た。ボーカロイドである初音ミクがステージ上に映し出されるスクリーンの中で歌う。そこで見た「人間が歌わない」ライブを今回は楽譜の情報だけがインプットされたアンドロイドがテンポを決め、自律的にオーケストラを指揮し、歌うという。む、難しい。つまり、マリオネットではなく、AI 指揮者ということか。
会場には常設のジオ・コスモスがある。太古からの気温変化や美しい大地、海が映し出される。その真下にアルト2がいた。そこに渋谷氏、30名ほどのオーケストラが取り囲むように着席した。
演奏は突然始まった。弦楽のノイズ音に合わせて、オルタ2が激しく“腕”を振る。これがアンドロイドが指揮するということ?
石黒教授が作り出すオルタ2の姿は、顔と手先だけを生身のような人口の皮膚で覆っているが、あとは無機質な鋼の姿だ。頭部もその基盤やシルバーの躯体はむき出しになっている。そのアルト2が指揮をする姿は一見するとプログラミングされた動きのように思える。
まだ頭が理解できない。しかし、2曲目になると、違った感覚が沸き起こった。「アンドロイドの指揮にオーケストラが合わせているんだ」。それはオーケストラの目線を追うと感じる。彼らの視線はオルタ2の指先に向かっている。明らかに、彼?彼女?の指揮で、音を合わせている。ぎこちなさはあるけど、ふとあげる手のひらや、静止する指先。
2曲目以降でオルタ2は歌い出した。高い電子音で。歌詞はミッシェル・ウェルベックや三島由紀夫の「豊穣の海」の最終章「天人五衰」の一説。
まるでディストピアだ。世界の終わりに、我々が頭上の地球から落ちて着た宇宙ステーションのなかでこのライブを聴いているような感覚が襲う。指揮しているアンドロイドに支配された世界で、最後の生き残った人間になったような感覚。または荘子の「胡蝶の夢」のように、自分と宇宙が入れ違ってしまうような錯覚アンコールは渋谷氏のピアノソロとアルト2のアリア。機械的なアリアに不覚にもうるうると感情が押し寄せてきた。
美しい光景だ。まっすぐに注ぐ光がオルタの金属の体に反射して、静寂の庭にいるような錯覚が襲ってくる。ピアノの旋律と、上下する肩の動きがリンクして、まるで息遣いのように感じられる。古参のマエストロが演者を覗き込んで、心を通じ合わせているように。
そして、歌いながらオルタ2は笑った。仏のようなアルカイックスマイルを浮かべながら。恍惚の表情を確かにしたのだ。それは美しい表情だった。
私たちはアンドロイドという「人工知能が人間を指揮した」という初めての場所に立ち会った。
単にプログラミングされた機械ではなく、自発的に動くAIアンドロイドと私たちが心を通わせるなんて、まだまだ未来のことだと思っていたけど。でも私たちは実際Siriと会話ができる。映画の「her」のように彼ら=AIが私の目を覗き込んで「愛している」ということだって遠い未来じゃない。
AIと私たちには個体の差こそあれ、すでにするりと彼らは私たちの生活を変え始めている。そことの共存、またはもっとお互いが内包しあって行けば、その境界線も無くなってくるのだな、と。
2018年7月に感じたこの感情を覚えておこうと思った。
人工生命国際会議「ALIFE 2018」
会期/2018年7月23日(月)~27日(金)
会場/日本科学未来館
住所/東京都江東区青海2-3-6
URL/2018.alife.org
※アンドロイド、オルタ2も展示されている。
Photos : Kenshu Shintsubo