松山ケンイチ インタビュー「動物や原始人と同じことを一回やってみたい」
自分自身の今に影響を与えた人物や、ターニングポイントとなった出来事、モノ、場所との出合い。それをきっかけに変化し成長した自分を振り返る。松山ケンイチのビフォー&アフター。(「ヌメロ・トウキョウ」2018年4月号掲載)
──作品ごとに全く異なる役柄に染まり、“カメレオン俳優”と呼ばれる松山さんですが、出演作品は自分で選ばれているのでしょうか。 「最近は今の自分に必要なものという感じで捉えている気がします。今は自然と共生している生き物としての人間みたいな役があれば演じたいなあと思っていますけど、たまたま出合う作品でも自分に必要だと思える作品もあります」 ──今ご自分の中で興味のあることはなんですか。 「自分を豊かにするには何が必要かを考えたりしますね。自分が豊かでないと、子どもにも言えないというか。自然の中で生きていけたら理想なのでしょうが、今のところ難しいし、東京にいると自然の中で生きている実感を持ちづらい。もともとやりたかった農業を勉強したりしています」
──青森のご出身ですが、自然の中で育ったとか。
「はい、祖父が農業をやっていて、作物を作って収穫して食べていました。それがすごく自然だなって。お金に頼らずに土から何かを頂く感覚。動物や原始人と同じことを一回やってみたいとずっと思っています。価値観が変わるでしょうし、本当に大事なものが見えてくると思うんですよ。その中で捨てられるものはどんどん捨てたいと思う」
──捨てられたら捨てたいと思っているものはありますか。
「携帯。必要なものだから持っているけど、必要以上にいじってる気がしますね。昔はネットサーフィンして見ていたりしたけど、どうでもいいような情報ばかり」
──自然の中で暮らしたいと思い始めたのはいつ頃からですか。何かきっかけがあったのでしょうか。
「上京してすぐですね。移動が楽じゃなくて。電車も車も混んでいるし、便利なようで便利じゃない。そんな遠い所に通わなくてもいい生活をしたらどうだろうと。家の横に畑があって、野菜ができたなあ、腹が減ったなあと思ったら収穫してくる、肉を食いたいなあと思ったら鉄砲を持って狩りに行く。肉や野菜はもともとどこから来ているのか、子どもも見るべきだと思います。お金を払えば自然と出てくるものだと思っていますからね。全て自分でまかなえたら、お金は必要なくなるんですよ」
──自分で何もかも作るのは本当に手間暇がかかりますよ。
「だから、野菜も肉も本当は手間暇をかけないと得られないものなんだぞということを実感したい。本当はそれが当たり前のことだから」
──つまり自給自足の生活と俳優の仕事を並行するのが理想?
「その二つは真逆なんですよ。俳優の仕事はすごく人工的だから、バランスが取れると思う」
──松山さんはどんな役でも生き生きと楽しそうに取り組んでいらっしゃる気がします。
「表にバーッと感情を出すのは、自分のはけ口になって、救われている部分もありますね」
──どんなときに俳優をやっていてよかった!と思いますか。
「俳優の仕事は作品ごとにたくさんの発見があるのがいいですね。その経験をもとに、次は何をやろうとか自分の方向づけにもなる。今やっているドラマ『隣の家族は青く見える』では、妊活とか今まで知らなかった世界を知ることで、自分以外の立場の人の声を聞けるというか。僕は普段、どうしても子どもがいる家族と接することが多いので、子どもが欲しくてもできない苦悩とかわかっていない部分があって、そうか、子どもを授かるのは当たり前ではないんだと実感しました」
──木曜劇場『隣の家族は青く見える』で松山さんが演じる五十嵐大器はおもちゃメーカーに勤めるサラリーマンで、深田恭子さん演じる妻・奈々と妊活に向き合うわけですが、どんな人物ですか。
「僕としては名前のとおり、器の大きい人間をイメージしていましたが、台本がそうさせてくれない(笑)。どちらかというと人の良い頼りないタイプ。その中でも、少しでも人間の大きさを見せることができたらいいなあと思っています。五十嵐夫妻が立ち向かっている問題はすぐに解決できないことばかり。それでもちゃんと妻を受け止めて、一緒に生きていけるパートナーとして演じ切りたいですね」
──ドラマではコーポラティブハウスに全く違うタイプの4家庭が住み、共有スペースの中庭で交流もある。そんな家に住んでみたい?
「全く思わないですね。いま実際にコーポラティブハウスは800軒くらいあるらしいです。親族だけとか二世帯住宅の進化系みたいな形なら考えますが、どこの誰だかわからない他人と一緒は無理かなあ。でも五十嵐大器を演じていると、他人が出した答えを尊重できるのは大事だなと感じます。自分の答えが全てだと信じたいけど、他人にとっては正解ではない場合もある。多種多様な考えのもとで人は共生しているのだから、許容し合うことは大事」
──ドラマでも生き方にしても、結婚するかしないか、子どもを産むかどうかなど、自分の思うままでいいのに周りに惑わされてしまう。足並みをそろえたい日本人らしいなあと思います。松山さんは周りと同じにしようと意識することはありますか。
「例えば子どもの運動会で、親が参加するリレーで一人だけスパイクを履いていくのはやめたほうがいいな、とかは(笑)。ほんとは勝ちたいからスパイク履きたいのだけど、それはズルだから同じ条件で勝負しないと(笑)。その点、俳優の仕事は反対に、みんなと同じでは駄目なんですよ。昨年出演した劇団☆新感線の『髑髏城の七人』とかは繰り返し上演されてきた話で、僕の役はかつて古田新太さんや市川染五郎(現・松本幸四郎)さんが演じられた。そこでお二人と同じことをやっていたら自分が演じる意味がない。人と同じじゃ駄目なんですよ」
──では俳優でなかったら、何になりましたか。
「想像できないですね。ロクでもない感じでしたから、俳優にならなかったら、いい生き方はできていなかったんじゃないかな。この仕事をしているからこそ、普通に人と話せるようになりました。今でも「上京したての頃はしゃべらなかったよね」ってみんなに言われます。人とどうコミュニケーションを取ったらいいのかわからなかった。振り返ると、この仕事で出会った人たちや作品は本当に自分を豊かにしてくれたと思います。仕事から多くをもらったので、仕事でお返ししていきたいです」
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Photo:Gen Saito Styling:Takahisa Igarashi Hair & Makeup:Katsuhiko Yuhmi Interview & Text:Maki Miura Edit:Saori Asaka