ピンク、10代の頃にドラッグで死にかけたことを告白 | Numero TOKYO
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ピンク、10代の頃にドラッグで死にかけたことを告白

©Bang Media International
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ピンクが10代の頃ドラッグのオーバードーズで死にかけたことを明かした。最初のレコード契約の数週間前の出来事だったという。

当時ハードコアなパーティに明け暮れていたというピンク、1995年11月の感謝祭のイベントで、エクスタシー、エンジェル・ダスト、クリスタルなどあらゆるドラッグを使ったそうで、出演した米番組『60ミニッツ』で、「この後私は足を洗った。『もうたくさん』ってなったの」と話していた。

司会者に死にかけたのかと聞かれ、「そうね」と認めたピンクはこう続けた。「私はパンクだった。口が悪かった。不満を抱えていた。基本的に私は、毎日両親がお互いに物を投げつけ罵り合うような家庭で育ったの。お互いを憎み合っていた」「そして私はドラッグにはまった。ドラッグを売ってもいたわ」

ピンクはオーバードーズの数週間後にラ・フェイス・レコードと契約を交わしたが、当時黒人アーティストが占める同レーベルの「形だけの白人ガールグループ」だったチョイスに所属したものの、こちらはすぐに解散、2000年からソロキャリアを歩み始めることとなる。

オーバードーズの1年前には同い年の友人で当時14歳だったセコウ・ハリスが、ヘロインの過剰摂取で死亡、自身も死にかけたことでドラッグを断つ決心ができたというピンクは、「それが問題だった。私は一度決心したら、もうそれで終わりなの」と続けた。そして「比喩的なナタを振り回され、本当に扱いにくい子供になってしまった」と振り返るも、その態度が自身を「サバイバー」に変え、音楽業界で成功することができたと考えているとして「私は可愛いからレコード契約をもらったわけでは決してなかった。私がレコード契約できたのは、炎のように燃えていたから。言いたいことが山ほどあって、自分の意見を持っていたからよ」と話していた。

Photo: Bangshowbiz

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