古川日出男が目撃した「森山大道の東京 ongoing」
写真家、森山大道が2019年に写真界のノーベル賞とも言われる「ハッセルブラッド国際写真賞」受賞後、国内の美術館において初めての大規模個展を開催中。作家の古川日出男がレポートする。(『ヌメロ・トウキョウ(Numero TOKYO)』2020年9月号掲載)
アクセルをブレーキに換える東京
森山大道の写真においては被写体が「者」であるか「物」であるかは問われない。「者」には人間の他に犬、猫、鴉、蛇などが含まれる。すなわち生命がある。「物」には生命がない。が、森山がマネキンや建物を撮る時に、そこには生命がないとは言い切れない、意味不明な不穏さがたち昇る。(そして当然ながら、生命があるはずの「者」の撮影には、わざととしか説明しようのない通俗性、不健康さが前面に出て、それは生命を引き算する)
展示の会場にてほぼ最初に鑑賞者を迎えるのは唇、唇、唇、唇……で、それらは紅い。または黒い。この2種類は「会場内の展示がカラーのクラスターである、およびモノクロのクラスターである」との様相を暗示して、われわれは展示空間の奇妙な分裂を「ああ、そういうもんなんじゃない?」と平然と受けとめることになる、はずだ。
後ろ姿(の写真)が多い。それはカメラマン=森山大道の「視線」をそのまま追跡、追体験しているのだということを意味している。写真は普通は「見るもの」だが、ここでは写真を撮る人間に「なるもの」として機能もする。被写体が森山大道じしんである写真に出会う時に(しかしながら彼は「鏡像」の自分を撮るだけである)、鑑賞者が何を感じるか? たぶん、自分が真っ二つに裂かれる体感だろう。おれ/わたしは彼ではなかった……と。
この東京は進行中である。が、この東京にはアクセルがない。澱みながら前進する? 驚異的だ。
「森山大道の東京 ongoing」
会期/開催中〜2020年9月22日(火・祝)
会場/東京都写真美術館
住所/東京都目黒区三田1-13-3 恵比寿ガーデンプレイス内
電話番号/03-3280-0099
開館時間/10:00~18:00 ※木・金曜の夜間開館は休止
※入館は閉館時間の30分前まで
休館日/毎週月曜日(月曜日が祝日・振替休日の場合は開館、翌平日休館。9月21日は開館)
URL/topmuseum.jp
※掲載情報は8月24日時点のものです。
開館日時など最新情報は公式サイトをチェックしてください。
Text:Hideo Furukawa Edit:Sayaka Ito