どこまで行くのか変身願望。究極の整形を求めて/菊地成孔×伊藤俊治 対談連載 vol.5 | Numero TOKYO - Part 2
Culture / Post

どこまで行くのか変身願望。究極の整形を求めて/菊地成孔×伊藤俊治 対談連載 vol.5

整形が生んだ多重人格化   I「市橋達也(英国人英会話講師殺害事件・被告)とか、なんか最近の犯罪には整形が絡んでいて、自分の顔を仮面化して多重人格化してゆく流れがある。これも日本社会の特有のアバター現象でしょうか。いくつものアバターを分身のようにして自分の周りでつくれるから。構造的にはほとんど多重人格じゃないですか」   K「東浩紀が言ったように、ネット性乖離性人格障害なんですよね。コントロールできてるうちはいいんだけど、戻せなくなったらそれはもう障害」   I「90年代にパラノイアじゃなくてテレノイアっていう言葉が流行った。ネットワークによるパラノイアですね。それは別に病気でも何でもなく、ネットワーク社会を生きのびる創造的な人間の戦略なんだと、テレノイアという言葉をを言い出したロイ・アスコットは言ったことがある。多重人格とか統合失調症とかいったものに創造性の核が潜んでいる。ただ現代は、病理的空間が溢れているんだけど、そこから出てくるはずの創造性が見えないところはありますね。だから全部内にこもっちゃう。フランスにオルランっていう整形アーティストがいて、歌手のマドンナに自分の肉を削いでつくったネックレスの入ったシャーレをプレゼントした人なんです。それを見て、マドンナが「まるでキャビアみたい」って言ったという逸話が残ってる。「モナ・リザ」とか「ヴィーナスの誕生」とか美術史上の5人の美女と自分の顔をコンピュータ上で合成し、それに沿って整形手術を何度も繰り返してきた。そういった自分の肉体そのものを突破口にしたアートが現れていることは確かだと思う」   K「刺青の一般化は、明らかに21世紀の文化ですもんね」   ──韓国では顔がよくて就職が決まるならそのほうがいいじゃんっていうノリで、みんな気軽に整形しますよね。   I「確かに、韓国では手軽に整形しているんだけど、歌手のユニみたいに整形をトリガーにして自殺してしまう人もたくさんいる。やっぱり自分の元のオリジナルな顔とかメンタリティと、整形手術後に作られた顔と上べのイメージとが、あまりにもかけ離れているために自殺した人とかもいるわけですよ。最近韓国の女優が自殺したとか、ブログで攻撃されたりしているのは、全部整形絡みの女優たちでしょ?」    K「マイケル・ジャクソンが死んで、要するに一番人気のあった整形アーティストだったじゃないですか。マイケルは二層になってて、整形しているっていうのと色を抜いているっていうのと。死んでから色を抜いているほうは、尋常性白斑といって黒人がよくかかる病気だってことが法廷で検死によってはっきりして、あれは病気だったとわかった。マイケルっていうのは一時期、毒々しい病理に侵されペドフィリア(小児性愛者)であって、黒人なのに色を抜くっていう最強の人体改造者だっていうのがだいたい80年代からのイメージだったのが、死んだら突然殉教者みたいになって。子どもは犯してないし、色は病気でかわいそうだったんだっていうね。死んで浄化されて、みんなが謝りたいっていう類の望みを一身に引き受けるっていうキリストみたいな役割になった気がします。いずれにせよ整形は後戻りできない。気軽に元に戻せるならいいけど、いったらどんどん整形して次々に重ねていかなければいけないっていう息苦しさがあるじゃないですか。「野菜」って入れちゃった米兵とか、「浴衣」って入れちゃった芸術家とか(笑)、そんなに野菜とか浴衣とか、美しい漢字だったんだな。読めない人には。って思っちゃいますよね(笑)」   I「一方通行だしなぁ」   K「つけまつげは取れるけど、整形してしまっては取れないという。そこは韓国人とか中国人に比べて、日本人には敷居が高いじゃないですか。それは結構いいと思うんですよね。何らかのものがあるんですよね。倫理的な恐怖とか」   I「タトゥーもそうですよね。最近ヨーロッパ周っても、たくさんの若い人が何らかの形でタトゥーを入れたりしてるんだけど、日本人はなかなかね。自分の肉体にメスを入れたり傷つけたりすることに対して、何らかの本質的な怖れをまだ持っているんでしょうね」   K「純潔思想とかね。市橋くん(市橋達也被告)も整形してるんだけど、それはいわゆる顔を同定されないためののっぴきならない理由があるっていう整形であって、それよりも髪の毛を前にバーッて垂らしていたことのほうが印象的だった。いろんな整形の歴史の一番最初に戻るというか、まず最初は髪の毛で顔を隠してしまうということが、仮面の発祥じゃないかっていう有名なレヴィ・ストロースの仮面の理論があって、そこに戻っているようなイメージね。これほど何でもハリウッド女優がおっぱいを入れたり抜いたり、そんなとこまでいってるにもかかわらず、髪の毛が前にバサッてかかって顔が見えなくなるっていう先祖返りみたいな。っていうか、市橋くんの着ていたパーカー欲しいなみたいな(笑)。あとで元アイドルの人が同じパーカー着てたんですが、さすがナルシスト犯罪人の流れと思ってたら、なんと千葉県警の限定パーカーだったという(笑)」   I「レヴィ・ストロースの『仮面の道』ですね。そういえば世界一の整形大国はブラジルだそうですが。顔ってコミュニケーションの土台で、コミュニケーションを成立させるには視線を合わせ、相手と対話する必要があるけど、髪で顔を隠し、うつむいてしまえば、正常な社会的コミュニケーションから逸脱することができる」   ▶続きを読む/エコと嘘のアンチエイジング

Profile

Magazine

MAY 2024 N°176

2024.3.28 発売

Black&White

白と黒

オンライン書店で購入する