つぶやきの矛先はどこへ/菊地成孔×伊藤俊治 対談連載 vol.3 | Numero TOKYO - Part 3
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つぶやきの矛先はどこへ/菊地成孔×伊藤俊治 対談連載 vol.3

つぶやき先進国ニッポンはアジアでは後進国!?   K:「一時期流行語になりそうでなりませんでしたが、引きこもりに対して出こもりっていうのがあって。タイで1年間ぐらい暮らせるだけのお金をためたら、タイでマンションを借り、安いタイフードを食べてインターネットばかりしているという、そういう人が何万人かいるって言いますよね。そのうちの一人が狙われて殺されたんですよね、要するに出こもりの人は金を持っていると言って。それからあんまり騒がれなくなりましたけど。いわゆるパッポンストリートっていうロリコンや変態の集まるところでしたよね」   I「タイには、日本では変態扱いされるような人々を許容する空間がありますからね。日本人も多いですし。バンコクには日本人が6万人いると言われてる。上海にも10万人ぐらいいるんですよ。若い人が多くて、かつて満州が夢の土地で、日本人が開拓していたのと同じで、日本では職のない若者たちが上海やバンコクに行って建築とかインテリアの仕事をやっているんですよね。大阪の人たちがいくつもクラブを経営したり、今、上海には独特のクラブカルチャーができていて、日本人が新しいムーブメントを起こそうとしていますね。現代版の日本租界ですね」   K:「今、新宿、銀座のデパートとか行ったら、ほとんどが北東アジアの人じゃないですか?」   I「中国は今まで査証取得に年収制限があったんですよ。日本に入るには年収350万円以上でないとツーリスト用のビザがおりなかったんでけど、それが一気に100万くらいまで下がった。そうすると10倍の観光客が来るということで、秋葉原や銀座のデパートにいるのは中国の人ばかりですよ。世界中どこ行っても、パリもロンドンも、かつて日本人がいた場所に今は中国の人がいる。富裕層がぐっと増えて、お金を持ってるからバンバン使うし、欧米人の数倍は使ってるんじゃないですか。欧米人は北千住とか根津に泊まってるし」   K「例えば長崎かどこかの、上から下まで最新のテクノロジーで受けられる人間ドックの医療パッケージも、予約のほとんどが中国人って言いますよね。イメージとしては香港化。日本はちょっと大きめの、21世紀の香港だという。だから北に行くとジンギスカンがうまいとか、南に行くと魚がうまいとか、要するに観光島、シィッピング島になる。この間、ユナイテッドアローズの栗野さんにそう言ったら、それ最高じゃんと言っており、さすが最強のオプティミストと感心しましたが(笑)、実のところ僕も最高だと思ってます(笑)。香港ジャズのスターになればいいと思うと、モチベーションが上がります(笑)。日本のデパートで買い物してきたなんて言ったら、向こうでは相当株がアガると思うんですよね。一時期、日本人が香港で買い物してきたと言っていたの同じ」   I「上海では今、河岸沿いのイギリス租界にあった廃ビルが全部リノベーションして、高級なブティックやホテルがどんどんできてるんですよね。そこに上海のアッパークラスが日夜繰り出す。これも万博効果でしょうね。万博は1億人入るんじゃないかって言われてますから」   K「ところで上海は空気が悪いという話は本当なんですか?」   I「ずいぶん良くはなったと言われますが、やはり空気は悪いし、水は濁ってるし、騒音がすごい。とにかく上海の人たちって、いつも怒鳴ってる。怒鳴らないとコミュニケーションした気にならないんじゃないでしょうか」   K「70年代の巨大化した日本ですね」   I「ずうっとアジアを回っていますが、ここ4、5年のアジアの大都市の変化は凄いと思います。上海にもリニア付きの大きな空港ができたし、タイも2006年にスワンナプーム空港ができたし、シンガポール、マレーシアもそう。巨大なハブ空港が21世紀に入ってからどんどんできた。アジアで一番立地が悪いのは成田でしょ。都心から2時間もかかるところなんてないですから。物流の拠点も韓国の仁川空港などにシフトしていって、完全に日本の航空産業は地盤沈下で、JALが潰れるという構図になってるんだと思いますね。他の空港はすごい便利になって勢いがありますよ。日本が後進国のように思えますね」   K「なのに単純に上海万博に行こうって、あんまり日本ではなってないじゃないですか? ツアーはあることはあるけど、上海なんてすぐそこなのにオールドメディアしか取り上げていない。日本にはすごい大量のつぶやきが大気のように充満して、黄砂と混じってると思うんですよ。黄砂アレルギーの発生原理ってそれだと思うんだけど(笑)」   I「そうですね。こんなに情報が溢れているように見えて、いかに日本は片寄った情報しか流れていないかがわかりますね。しかもツイッターとかブログとかの片寄った情報も摂取していないと呼吸できなくなってしまう。携帯もネットも繋がらないところに、学生を調査研究で連れて行ったりすると、パニック状態になってしまう。意識界が変わってしまうというか。携帯もネットワークもどこでもすぐ繋がる世界にいるから、そのバリアの中では生きていられるんだけど、外に出ると呼吸困難になっちゃうという状況が出てきてんじゃないですかね。生まれた時にはインターネットが既にある世代で、僕らなんかはインターネットが繋がったとき、涙した世代ですから(笑)。意識界の構造とメディアの心理がまったく違う状況になっているから、見ていて面白いですよね」  

 

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伊藤俊治(いとう・としはる) 1953年秋田県生まれ。美術史家。東京芸術大学先端芸術表現科教授。東京大学大学院修士課程修了(西洋美術史)。美術史、写真史、美術評論、メディア論などを中軸にしつつ、建築デザインから身体表現まで、19世紀~20世紀文化全般にわたって評論活動を展開。展覧会のディレクション、美術館構想、都市計画なども行う。主な著書に、『裸体の森へ』『20世紀写真史』(筑摩書房)、『20世紀イメージ考古学』(朝日新聞社)、『バリ島芸術をつくった男』(平凡社)、『唐草抄』(牛若丸)などがある。
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菊地成孔(きくち・なるよし) 1963年千葉県生まれ。音楽家、文筆家、音楽講師。85年音楽家としてデビュー以来、ジャズを基本に、ジャンル横断的な音楽活動、執筆活動を幅広く展開。批評家としての主な対象は、映画、音楽、料理、服飾、格闘技。代表的な音楽作品に『デギュスタシオン・ア・ジャズ』『南米のエリザベス・テイラー』『CURE JAZZ』、『ニューヨーク・ヘルソニック・バレエ』(ewe)などがある。著書に、『スペインの宇宙食』(小学館)、共著『アフロ・ディズニー』(文藝春秋)、『ユングのサウンドトラック』(イーストプレス)など。映画美学校・音楽美学講座、国立音楽大学非常勤講師として教鞭もとる。PELISSE www.kikuchinaruyoshi.net/

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