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2010年代、写真はどこへ行く?[後編]/菊地成孔×伊藤俊治 対談連載 vol.14

K「精神科医に言われたのが、1,2年前の写真を眺めているだけで、だいぶ色々とほどけるそうですよ。人によるとは思いますが。僕はとにかく毎日必死にクリアしているというか、苦行ではなくたとえばこの時間も楽しいけれど、終わればまた次の現場がある。すごく20世紀的な生き方というか、ワーカホリックで生き急いでいる。一週間何をやってきたか、という感覚がもうなくなっているんですよね。でも、ただ写真で振り返るだけでも、思ったよりいろいろ豊かにやっているじゃないか、という気持ちになる」
 
I「僕らは通常、無差別に入ったり出たりする途方もない情報・イメージの洪水の中で生きているわけで、そういうパーソナルなリアリティやプロセスを組み立てていく技を作り上げるのは難しい。写真にはすべて写っているし、自分の写真だったら追認することもできる。記憶の回路として治癒的な効果はあると思いますね。記憶というのは作り上げていく構築作業です。それはプロセスの承認であり、ひとつの記憶を生み出すためにいくつものイメージを組み合わせていく必要がある」
 
K「Instagramにも、そういった目的がかなりあるんじゃないかと思いますね」
 
I「社会環境の激変のさなかの美しい記憶として自分を見返すこともできるし」
 
K「でもInstagramって、Facebookに載せる写真があまりにも子供、おいしい食べ物、買ってきた服、というようなことに集中しすぎたので、それへのある意味でのアンチテーゼというか。いわゆる絵に描いたようなリア充感ではなく、もっとモード写真みたいなものに持っていこうとする意志を感じるんですよね」
 
──菊地さんは今でもSNSには参加していないのですか?
 
K「一切、何もやっていないです。ただ、たとえばガールフレンドは年がら年中LINEをやっているので、画面は目にします。僕も50になり、記念に何かというのはイヤなんですけど、会社が法人格になり代表取締役になったのと、今度ソニーと専属契約することになったのもあって、思い切ってスマホを導入し、SNSを全部一気に始めようかと思っているのですが(笑)」
 
I「Twitterの爆発的な流行は、菊地さんとこの対談を始めた頃だから、まだ2年くらいですよね。この間、学生たちと話していて、彼女たちは10万くらいツイートしているそうなんですよ。ということは、一日に100回くらいはツイートしていることになる。アカウントを4つも5つも持っていて、多重人格的に移行しまくっている子もいる。自分で自分にツッコミを入れている子も多いし、もうワケがわからない(笑)」
 
K「ツイート数とフォロワー数とフォロー数って出るじゃないですか。その数比をつい見ちゃいますよね。たとえばオノヨーコが5000ツイートしていたとしてフォロワー数が400万以上、数十万ツイートしているアマチュアの人のフォロワーが6人、とか。こうなるともう、空中に投げているのと一緒ですよね。Instagramの流行にあたって、Twitterには写真という要素が比較的少なかった、というのは重要だと思いました。Instagramもこの先どれだけ浸透するのかわからないけれど、それこそ最初の話に戻りますが、この流れからも、確かに写真イメージを石油のように消費していますよね」
 
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