つぶやきの矛先はどこへ/菊地成孔×伊藤俊治 対談連載 vol.3 | Numero TOKYO - Part 2
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つぶやきの矛先はどこへ/菊地成孔×伊藤俊治 対談連載 vol.3

ネットワークの向こう側に潜む霊的世界
 
I「真正性にすがらざるを得ない精神状況っていうのはあるんでしょうね。こんなに存在の不確かなものが溢れているからこそ、本人がその時々にちゃんと書いているんだという軸にしがみつかざるを得ない。それが覆されたときに、そのことを信じた人たちは逆上するんじゃないですかね? 『ベルリン天使の詩』というのは、実は天使はガイスト(霊)なんですけど、ツイッターの世界も何か霊的気配が満ちてますよね。ネットワークの世界そのものがそうだと思うんですけど。今の時差投稿ということで言えば、去年ある友人が急死して、彼が死んだ後にメールが届いたことがあったんです。見忘れていただけかもしれないんですが、死者からメッセージが届くという霊的世界がそのネットワークの向こう側にあるわけじゃないですか? ネットワーク社会って、ある種の霊性というか存在と非在の問題を抱えている。ツイッターもミクシィも結局、人間と人間のコミュニケーションだけだから、関係性がどんどん累積していって病理的な空間に入らざるを得ないというのが、ネットワーク社会の大きな問題ですね」
 
K「紙媒体の代わりに商品やサービスの情報を流す、いわゆる企業ツィッターみたいなものはいいけど、日記文学みたいな、デジタル相互監視ソサエティみたいなのは、あまりに日米的というか。単純に発達学みたいなものに換言すると、要するに人が見ているという認証、ただ手を洗う、ただ歯を磨く、ただ飯を食っていればいいのに、そのことを誰かに報告して誰かが見つめてくれているという認証の充溢であり、要するにそれはナルシズムの束であって、依存の束である。ネットというのはいいところもあるのかもしれないですが、例えば、よく人間の三大欲求とかいうじゃないですか、ああいうレベルで、体の三大欲求と心の三大欲求というのがあったとして、自分のことを発表できて、誰かが常に聞いてくれるという保証によって自己愛が満たされて、批評によって匿名で誰かを撃てるという攻撃性も満たされる、これでもう一丁あがりというか。ネットはそれをやるのに非常によくできたツールなので、とても安価なドラッグとも言えるけど、もっと物神的に、携帯ってのはアレは護符というか、要するにフェテイソですが、見つめ、かざし、握りしめる対象としてのフェティシという一番最初の物髪の姿に携帯というのが戻っているというか、一時期の中国で毛沢東語録を一日に何度もかざすという、あんな感じもしますけどね」
 
I「『ベルリン天使の詩』では、東ドイツから逃れて来た若者が、当時流行してたウォークマンを着けたまま投身自殺するというシンボリックなシーンがあった。死の直前に、飛び込む直前までつぶやき続けて、「実際、どこに行っても東だ。さあ行くぞ。でもなぜ?」って言って空へ飛んでゆく。その当時のベルリンの自殺率って非常に高くて。まぁウォークマンを着けて東から西に逃れてきた若者がつぶやきながらダイブするというのと、あまり違わない出口のない状況が日本にあるような気がします。今や日本は信じられないほど自殺者の数が多い。世界一ですから」
 
K「非常にシンプルに言って、自殺する人や大量殺人をする人の決行直前のつぶやきまでもが読めるというのは繋がり過ぎですよね」
 
I「死の直前までツイッターしながら自殺するんでしょうね」
 
K「この人ヤバそうだなと思っていたら、本当に死んでいく。川田亜子というきれいなアナウンサーが亡くなったときも、何日か前にこの人、死にそうだっていう噂がワーッと出て、みんながそれこそ見に行くわけじゃないですか。その人からSOSが出てるんだけど、それは医者にでも知り合いにでもなく、インターネット空間に向けられたSOSが何万人もの人に読み取られて、頑張れとか、そんなこと言うなというコメントはあったかもしれないですけど、案の定、死ぬという」
 
I「先日戦争状態のバンコクから帰ってきたばかりなんですけど、移動してるとなおさら日本の病理空間が見えてきますね。その前はダッカとジャカルタに行ってたんですが、そういうとこってツイッターなんかやっている暇ないですからね。飢え死にしそうだし、テロだし、水不足だし、戦争なんだから。現実至上主義でもなんでもないですけど、なんか日本のような人と人との累積的なコミュニケーション・システムの中に入っていく余裕なんて他のアジアの人にはないと思うし、日本の特殊な情報環境というか、片寄った情報の濃密さが根底にあると思いますね」
 
K「ここで仰る病理システムというのは広がりがある話だと思うんですが、僕が一番感じる病理は、病的な倫理観、潔癖性ですね。ネット中毒者はものすごい正義感で、強く人倫の徒ですよ。現実感覚が薄れ、幼児化すれば、何もかもが許せない正義の赤ちゃんが生まれます。相撲協会を潰した後は、歌舞伎、宝塚、クラシック音楽と、どんどん潰しにかかると思う」
 
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