ギター・ミュージックへの愛を打ち出したニルファー・ヤンヤの新アルバム | Numero TOKYO
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ギター・ミュージックへの愛を打ち出したニルファー・ヤンヤの新アルバム

最新リリースの中から、ヌメロ・トウキョウおすすめの音楽をピックアップ。今回は、ニルファー・ヤンヤのアルバム『PAINLESS』をレビュー。

ギター・ミュージックへの愛を打ち出した、若手シンガー・ソングライターの勝負作

ウエスト・ロンドン出身の26歳のシンガー・ソングライター、ニルファー・ヤンヤ。2019年にリリースしたデビュー・アルバム 『Miss Universe』以来のアルバム『PAINLESS』が各所で好評だ。とはいえ、同様に高い評価を得た前作に比べると、今作から聴こえてくる音色はいささか堅実にも思える。カラフルなエレクトロニック・サウンド、幻覚的なサウンド・エフェクトを封印し、グッと音色の幅を狭めて挑んだセカンド・アルバム。しかしながら、そうであるが故にむしろ、彼女の音楽性やアーティストとしての覚悟がクールに熱く滲み出しているようにも感じられるのだ。

今作に大々的にフィーチャーされているのは、彼女の弾くギター。そして、削ぎ落とされたバンド・サウンドだ。アルバムを再生するやいなや耳に飛び込んでくるのは、性急な四つ打ちのドラムに、ドライブ感のある力強いベース、そして小気味よくかき鳴らされるギター。90年代のオルタナティブ・ロック、たとえばピクシーズやソニック・ユースに通じるスタイルだ。高速ピッキングのフレーズが楽曲をクールに推し進めていく「stabilise」などには、2000年代初期のガレージロック・リバイバルの頃のバンドからポスト・パンクまでをも思わせる。

そのスモーキーな歌声ゆえか、ソウルやR&Bと結びつけられて語られがちであったニルファーだが、12歳の頃にギターを始め音楽にのめり込んだ彼女がルーツとしているのは、あくまでギター・ミュージック。前述のような楽曲以外には、浮遊感のあるフレーズをただインダストリアルなドラム・マシーンのリズムに合わせた「chase me」、重たいビートが繰り広げられる中でところどころ差し込まれる軽やかなアコースティック・ギターの音色が光る「midnight sun」……。前作のようなアレンジの多彩さで聴かせるのではなく、今作では、タッチを巧みにコントロールしながらアンビエンスを効かせ細やかな陰影をつけながら絵筆のように楽曲を彩る、ギタリストとしてのニルファー・ヤンヤの個性が強く打ち出されているのだ。

そんな今作が生まれた背景として考えられるのは、音楽業界におけるまだまだ低い女性ギタリストへの地位への問題意識もあるのだろう。キャリアを積みプレイヤーとして男性中心のバンドのサポートでライブをするようになったニルファーは、その過程で、男性のギタリストがいかに違う扱いを受けているかを目の当たりにしてがっかりさせられたのだそう。そんな彼女が、勝負作となるセカンド・アルバムでギターへの想いと覚悟を表現したのは、必然の流れだったのかもしれない。アーティストとして、ギタリストとして意思を強く見せつけたニルファー・ヤンヤ。思慮深く自分の道を切り拓く彼女からは今後も目が離せなさそうだ。

Nilüfer Yanya『PAINLESS』

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Text:Nami Igusa  Edit:Chiho Inoue

Profile

井草七海Nami Igusa 東京都出身、ライター。主に音楽関連のコラムやディスクレビュー、ライナーノーツなどの執筆を手がけている。現在は音楽メディア《TURN》にてレギュラーライターおよび編集も担当。

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