ともに痛みを分かちあい癒してくれる女神、ラヴェーナのセカンド・アルバム | Numero TOKYO
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ともに痛みを分かちあい癒してくれる女神、ラヴェーナのセカンド・アルバム

最新リリースの中から、ヌメロ・トウキョウおすすめの音楽をピックアップ。今回は、Raveena(ラヴェーナ)のアルバム『Asha's Awakening』をレビュー。

インドと宇宙に癒しを見いだした、女神のユートピアから聴こえる音

『シャン・チー/テン・リングスの伝説』のヒットをはじめ、映画界でも目立つアジア系の躍進。音楽シーンもまた例外ではなく、コロナ禍をきっかけとして欧米諸国でのアジア系へのヘイトクライムが浮き彫りになる中にあって、これまであまり目が向けられることのなかった欧米圏のアジア系の人々の歴史的・文化的なルーツがより一層注目されているのだろう。なかでもこのところ、にわかに存在感が増しつつあるのが、西アジアや南アジアにルーツを持つアーティストたち。ロンドンを拠点に活動しているバングラデシュ系の新人UKソウル・アーティストのジョイ・クルックスなどはその筆頭で、昨年デビュー・アルバム『Skin』では、イギリスらしいクラシックなサウンドを従えながら南アジアの音階をところどころに忍ばせた堂々たる音楽性は各所で話題となっている。 つい先ごろセカンド・アルバム『Asha's Awakening』をリリースした、インド系のRaveena(ラヴェーナ)こと、ラヴェーナ・オーロラもそんなアーティストの一人だ。2017年ごろから活動を開始したNY出身のシンガーソングライターで(現在はカリフォルニアに移っているようだが詳細は不明)、夢見心地なベッドルーム・ポップとミニー・リパートンやコリーヌ・ベイリー・レイなどに影響されたというソフトなR&B風のアレンジが溶け合ったサウンド、なによりその甘い歌声には不思議な中毒性が宿っている。今作はこれまでの作品以上に彼女自身のルーツ、つまりインド音楽に迫りつつ、それを少し変わった方法で表現しているのが興味深いところだ。

アルバム前半では、現代的なエレクトロニック・ビートに、所々タブラやシタールのようなインドの楽器の音色を取り込んだり、ヒンドゥー語の歌詞を散りばめたりと、そのポップ・センスと自身のルーツを程よくブレンドしているのが面白い。またその一方で、今作は「パンジャブ人のスペース・プリンセス」というキャラクターを創り出し自らそれを演じるというコンセプトアルバムとなっていることも特筆に値するだろう。それもあってか、多くの曲でどこかコズミックなサウンド・エフェクトがアクセントのように使われているわけなのだが、ここでふと、そのモチーフがいわゆる「アフロ・フューチャリズム(アフリカン・フューチャリズム)」と呼ばれる音楽やカルチャーに似ていることに気付かされる。

「アフロ・フューチャリズム(アフリカン・フューチャリズム)」とは、奴隷としてかつて欧米に連れてこられた人々をルーツにもち、差別や貧困に苦しむ欧米圏の黒人たちの間で1960年代後半ごろから起こった思想で、精神的なユートピアを宇宙との繋がりに求め、SF的・未来的なイメージと自分達のルーツであるアフリカの文化を接続させた表現を特徴としており、昨今の例では映画『ブラック・パンサー』やジャネール・モネイの一連の作品などがそれにあたる。

ラヴェーナ自身はアメリカで生まれ育っているが、両親はインド出身であり、またインド国内では少数派であるシーク教徒でもある(パンジャブはシーク教徒の多い地域である)。彼らは1984年にインドで起こったシーク教徒の虐殺事件をきっかけにアメリカに移住してきたのだそうで、ラヴェーナにとって、インドはルーツでありながらやむなく離れざるを得なかった故郷でもあるわけだ。また同時に、彼女自身が移民の子供としていじめられてきた過去、そして今、アメリカ国内でアジア人への差別が激しくなる中、彼女もまたその精神的なユートピアを「インド」と「宇宙」を接続させた空想の世界に求めたのだとしたら興味深い。

アルバムの後半ではR&B風とアンビエントの間を行き来するような楽曲が続き、インドの伝説的なジャズ・シンガー、アシャ・プティリもヴォーカルで1曲参加、まるで桃源郷に花が咲き乱れるがごとく、柔らかくドリーミーなサウンドに満たされていき、聴き手のほうもまた自然と体も心もほぐれていく。ラストには鳥のさえずりや環境音、それにラヴェーナ本人のガイド付きのマインドフルネス用トラックのおまけも。「アウトサイダー、サバイバー、クィア、うつ病患者、幼少期に自分とは合わないと感じた人など、あらゆるタイプの人たちのための場所を作りたいのです」と語る彼女(パンセクシュアルであることも公表している)は、複雑なバックボーンを持つ自分自身をこうしたサウンドで癒しながら、あらゆる聴き手のこともまた、自身のセーフティー・スペースに招き入れてくれるかのよう。ともに痛みを分かちあい癒してくれるラヴェーナの音楽、それはどこか女神の声のようにも思えてくるのである。

Raveena『Asha’s Awakening』

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Text:Nami Igusa  Edit:Chiho Inoue

Profile

井草七海Nami Igusa 東京都出身、ライター。主に音楽関連のコラムやディスクレビュー、ライナーノーツなどの執筆を手がけている。現在は音楽メディア《TURN》にてレギュラーライターおよび編集も担当。

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