「Working for the Knife」満たされない想いを歌うカリスマMitskiがカムバック! | Numero TOKYO
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「Working for the Knife」満たされない想いを歌うカリスマMitskiがカムバック!

最新リリースの中から、ヌメロ・トウキョウおすすめの音楽をピックアップ。今回は、Mitskiの新曲「Working for the Knife」をレビュー。

Photo: Ebru Yildiz
Photo: Ebru Yildiz

何者にもなれなかった私たちの満たされない想いを歌う、カリスマのカムバック

久しぶりに彼女が帰ってきた。2018年にリリースしたアルバム『Be The Cowboy』で、その年の主要メディアのベストディスクを軒並みさらった、ミツキだ。前作アルバムがヒットし人気の絶頂にあった2019年9月、ライブ活動の休止を発表、映画音楽の制作などを担当するもしばらく表舞台に姿を見せていなかった彼女。そんな彼女が(映画への提供曲を除く)約3年ぶりの新曲をリリース。MVの冒頭ではカウボーイ・ハットをかぶってカムバックするというのも、粋な演出だ。 久々の楽曲は、のっけからミツキならではのソングライティングが炸裂。曲のヴァースの中間あたりのようにも感じられる、やや中途半端なコードの進行を冒頭に持ってきてゆっくりと重めに曲を立ち上げていき、ピアノの音が切りこんてきたところでストレートなコードへと変化する、というような独特ながらもクセになるような曲の作りが実に彼女らしく、まるで『Be The Cowboy』の続きを再生したかのような、「ああ、これこれ!」とつい口を突きそうな懐かしさと喜びがこみ上げてくる。 そもそも彼女がライブ活動をやめ、同時にSNSのアカウントも停止するに至った背景には、彼女の熱狂的なファンがまるで彼女を過剰に自分と同一視したり崇めたりすることに悩まされるようになったこともあったのかもしれない。だが逆に言うと、彼女の音楽にはそれほどまでに人々を切実にさせ、自分と同一視してしまうほど共感させる魅力があるということだ。その理由として思い当たるのが、彼女が、誰しもが心にぼんやりと抱える人生の虚しさや空虚さ、いくら頑張っても満たされない感覚を歌っているということだ。

その点において、前作『Be The Cowboy』の中では「愛情」の欠落を歌っていた彼女だが、この曲では「人生の生きがい」のようなものがテーマとなっている。曰くこの曲は「夢を持った子供から職についた大人へと成長する過程のどこかで取り残されてしまった状態についての歌」なのだそう。これは、本人にとってみれば、音楽活動が自身にとって「仕事」になるにつれて本当に表現したいことが表現できなくなったことを指しているのかもしれない。ただ、<私も何かを生み出したいと願ってた>、<自分のストーリーを語れるようになりたいと昔は思ってた / でも誰も私の人生に興味なんてないの>、<死ぬために生きている(Working for the Knife)>という歌詞には、自分も世に名前が轟くような何者かになりたかったけれど、結局何にもなることはなく、毎日同じ仕事を繰り返す大人になっただけ、ということへの絶望や満たされない気持ち、として聴き手は受け取ることだろう。彼女と同世代である筆者にとっても思い当たるところがある。お恥ずかしながら「10代のときにああしていたら、20代のときにこうしていたら、今もっと違う人生を送れていたんじゃないか」なんて思っては、今やもう叶わない「何者か」になった夢を空想して胸を弾ませたり、現実を振り返って落ち込んだりも、確かにしている。

ちなみにMVは、拍手喝采の幻聴の中、何かを表現するダンサーのふりをして不器用に踊り続ける、というラストを迎える。前作『Be The Cowboy』を受けてカウボーイの姿で登場するも、結局何にもなれなかったというオチは鮮やかながら、やっぱりちょっとだけ切なくて虚しくて、まるで自分自身を見ているかのよう。2022年春には北米ツアーを敢行し、ライブ活動を再開するというミツキ。やはり彼女の曲の持つ「満たされない気分」にはいつだって強く共感してしまうのだ。

Mitski「Working for the Knife」
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Text:Nami Igusa  Edit:Chiho Inoue

Profile

井草七海Nami Igusa 東京都出身、ライター。主に音楽関連のコラムやディスクレビュー、ライナーノーツなどの執筆を手がけている。現在は音楽メディア《TURN》にてレギュラーライターおよび編集も担当。

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