音楽を続けていく決意を表現した、クレイロのセカンド・アルバム | Numero TOKYO
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音楽を続けていく決意を表現した、クレイロのセカンド・アルバム

最新リリースの中から、ヌメロ・トウキョウおすすめの音楽をピックアップ。今回は、Clairo(クレイロ)のセカンドアルバム『Sling』をレビュー。

Photo:Adrian Nieto
Photo:Adrian Nieto

バイラルヒットの光と影の狭間で、音楽を続ける決意を掲げた少女の成長

“シンデレラ・ストーリー”と聞くと、輝かしく希望に満ち溢れたイメージを抱くけれど、実際はその陰に途方もない葛藤を抱えることとなるのだろう。もちろん筆者にはそんな経験はないのであくまでも想像に過ぎないが、クレイロがこのセカンド・アルバムをリリースするにあたっての想いを慮るとついそんなことを思ってしまう。

マサチューセッツ育ちの23歳、クレイロこと、クレア・コットリル。大学在学中の2017年に寮の自室で制作、YouTubeに投稿した楽曲「Pretty Girl」がバイラルヒット。ローファイ・ベッドルーム・ポップと言えるチープな打ち込みサウンドと80年代風のノスタルジックなメロディに、部屋着姿でのユルい手振りのダンスを交えた動画は、TikTokや80年代ブームがまだ訪れる前にあってその流行を先取りしていたようにも感じられるし、それゆえのヒットだったのかもしれないと、今にして改めて思う。突如として注目されるようになった彼女は、元ヴァンパイア・ウィークエンドのロスタム・バトマングリと共作したデビュー・アルバム『Immunity』(2019年)をリリース。パーソナルで小品的な彼女のソング・ライティングがロスタムによるウェルメイドなアレンジングによって箱庭的なグッド・ポップに昇華され、高い評価を得て世界的なアーティストとして飛躍した。

そのようにして一気にメディアに推されるようになった反面、急激なブレイクに伴って、意図しない形で音楽業界に利用されたり、はたまた親のコネではないかと揶揄されるようになったりしたようだ。一時期は音楽をやめようとしたそうだが、そんな想いと葛藤しながらも”音楽を続けていく決意を表現した”のが、このセカンド・アルバム『Sling』なのだという。確かにリリックを見ていくと、冒頭の「Bambi」では、アーティストとして一歩を踏み出したものの、周りから「売れるにはもっとこうしろ」「こうあるべきだ」と言われてうんざりし、自信をなくして心が折れかけながらも、それでも前に進もうと決意するまでが歌われている。

テイラー・スウィフトやロードなども手がけるジャック・アントノフをプロデューサー迎え、ニューヨーク北部の喧騒から離れた郊外で制作された今作。アーティスト写真からもわかるようにハウススタジオのようなところで録音されたようで、生楽器をメインに構成されたサウンドは前作の密室的な夢見心地なムードとは対照的にグッと風通しがよいものになっているのも意外だった。楽曲自体も想像以上に内省的で、アレンジについても極めて牧歌的だ。抑制されたベースに、抜けのいいドラムの上で、爪弾かれるアコースティック・ギター、ポロリポロリと奏でられるピアノ、時折聴こえるフィドルや管楽器の音色で丁寧に紡がれたフォーキーな楽曲を聴いていると、ひと気の少ない田舎でひとり思索に耽るクレイロの姿をつい思い浮かべる(その一方で、唯一前作を踏襲した作風の、ソフト・ロック風のシンセのラインとバウンシーなビートがベストマッチな「Amoeba」も出色の出来で、必聴のナンバーだ)。

先行シングルでもあった「Blouse」は、男性が自分に勝手に触ることに不快感を示しながらも「これで彼が私の話を聞いてくれるなら」とつい許してしまう自分に葛藤する様子を歌っているそう。よく考えれば、これは「恋人にとって理想のかわいい女の子になるためになんだってする」と歌っていた「Pretty Girl」とは対照的な価値観。となれば、このアルバムは、音楽業界に足を踏み入れ多くの不愉快なことを経験しながらも成長を遂げた、一人の少女のクロニクルという風にも聴けるかもしれない。

そんな風に、今作には、ヒットさせたいという気持ち以上に、クレイロが自分自身と音楽を“聖域”としたい想いを感じさせるのだ。それは、予期せぬブレイクを果たしたがゆえにたどり着いた彼女の原点、すなわち音楽へのピュアな想いなのだと思う。

Clairo(クレイロ)
『Sling』
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Text:Nami Igusa  Edit:Chiho Inoue

Profile

井草七海Nami Igusa 東京都出身、ライター。主に音楽関連のコラムやディスクレビュー、ライナーノーツなどの執筆を手がけている。現在は音楽メディア《TURN》にてレギュラーライターおよび編集も担当。

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