「幸福と向き合う準備ができた」ジャパニーズ・ブレックファストから届いた新アルバム『ジュビリー』
最新リリースの中から、ヌメロ・トウキョウおすすめの音楽をピックアップ。今回は、ミシェル・ザウナーによるソロ・プロジェクト、Japanese Breakfast(ジャパニーズ・ブレックファスト)、4年振りとなるニュー・アルバム『Jubilee(ジュビリー)』をレビュー。
喪失と悲しみの後には、必ず喜びがやってくる──母を失ったアーティストが向き合った“祝祭”
2021年ももう折り返し地点。SNS上では上半期のベストアルバムを紹介する投稿が散見される時期となったが、中でも多く挙げられているのが、このジャパニーズ・ブレックファーストの『Jubilee』だ。本名はミシェル・ザウナーと言い、オレゴン州出身の、韓国系アメリカ人のアーティストだ。以前は、フィラデルフィアでエモ・バンドに所属、活動していたが、母親のガンが判明し、地元へと戻った彼女。そこで始めたのがこのジャパニーズ・ブレックファーストというソロ・プロジェクトだ。これまでに2枚のアルバムをリリースしており、また今年に入り、他界した韓国人の母親との思い出を綴ったエッセイを出版、ニューヨーク・タイムズのベスト・セラー・ランキングのノン・フィクション部門で2位を獲得するなど、エッセイストとしても脚光を浴びている。ひょっとするとここ数年、アメリカで関心が高まっている“アジア系の女性”という彼女のアイデンティティもその背景にあるのかもしれないが、とはいえやはり、彼女自身のユニークさがこうした話題を呼んだのだろう。 今作『Jubilee』は彼女にとって4年ぶり3枚目のアルバム。これまでの2枚は、喪失や悲しみがテーマとなっていた作品だったが、今作は“Jubilee=祝祭”についての作品なのだという。そのタイトル通りに、冒頭1曲目を飾る「Paprica」は、祝祭感溢れるナンバーだ。これまでの影を感じさせる作風とはガラリと変わり、印象的なマーチング・ビートに、ホーンや弦楽器が使われた、カラフルなパレードのようなアレンジングは、新しいジャパニーズ・ブレックファーストの誕生を高らかに告げている。もちろん今までの彼女を知らなくても、ワクワクとした気分に満たされること、請け合いだ。また、続く「Be Sweet」はドリーム・ポップ界隈で根強い人気を誇るワイルド・ナッシングのジャック・テイタムと共同制作した1曲。当初は、メイン・ストリームのアーティストの誰かに提供できるような楽曲を、というつもりで作り始めたのだそうだが、その結果か、過去になくポップでアッパーなメロディながらも、軽快にネオン街をドライブしていくような、それでいてどこかディープな80年代風のファンク・ビートにそこはかとないカルト感が漂うバランスが妙に心地よい、ジャパニーズ・ブレックファーストの新境地的なナンバーに。後半に覗くリヴァーブの効いた爽やかなサウンドと、どこかオリエンタルな雰囲気のあるギター・フレーズはいかにもWild Nothingらしく、彼のファンでもある筆者などはついニマニマとしてしまう。
ただ、こうした上機嫌な楽曲だけでなく、ともに収録されている内省的なナンバーもまた今作の聴きどころでもある。「幸福と向き合う準備ができた」という彼女が初めて臨んだ“喜び”をテーマにしたアルバムではあるが、喜んでいる瞬間のことだけではなくて、喜ぶことに苦労したり、それを維持するために誰かと離れたりすることもまた歌っているのだそう。「Kokomo, IN」では、ガールフレンドが留学してしまう男の子を主人公に「大切な人が、世界に羽ばたくために見送ることを選んだ」という切ない心境が、ビーチ・ボーイズを参考にしたという、ストリングスやスライド・ギターのサウンドにのせて綴られ、懐かしさと甘酸っぱさが胸を掻き立てて仕方がない。
『Jubilee』を聴いていると、人生とは、酸いも甘いも嚙み分ける中でそのところどころに喜びがポツンポツンと現れたりするものなのかもしれない、などと思わされる。この単調な日々の中にあって、ひっくり返るほどの喜びや楽しみがさほどなかったとしても、いやだからこそ、このアルバムの中で彼女の綴る“喜び”は違和感なく心にすっと寄り添って、気分を自然と上向きにしてくれるような気がするのだ。そう、喪失と悲しみの後には、必ず喜びがやってくるのだ。
Japanese Breakfast(ジャパニーズ・ブレックファスト)
『Jubilee(ジュビリー)』
国内盤CD ¥2,750(ビッグ・ナッシング/ウルトラ・ヴァイヴ)
解説/歌詞/対訳付、ボーナス・トラック「Coffee Hanjan」のダウンロード・カード封入(初回盤のみ)
各種配信はこちらから
Text:Nami Igusa Edit:Chiho Inoue