気候変動に警鐘を鳴らす、ワイズ・ブラッドの未発表曲「Titanic Risen」がリリース
最新リリースの中から、ヌメロ・トウキョウおすすめの音楽をピックアップ。今回は、Weyes Blood(ワイズ・ブラッド)「Titanic Risen」をレビュー。
甘美で悲痛な、沈みゆく私たちの“船”の声
タイタニックは大西洋の上の氷山にぶつかって沈没し、多くの人が海水に体温を奪われて亡くなったが、今私たちが乗船している地球という船が直面している危機は、そんな寒々しいものとは全くの真逆だと言えるだろう。「Titanic Risen」と名付けられたこの曲のテーマは、暖かくなってしまった海がもたらす危機。──いや、そうした危機をこの星にもたらしたのは、人間のほうか。この曲からは、まるでタイタニックのように、海水によって静かに沈んでいくこの星の声が聴こえてくるのである。歌っているのは、ワイズ・ブラッド。本名はナタリー・マーリングと言い、アメリカ・サンタモニカ生まれのシンガー・ソングライターだ。この「Titanic Risen」は2019年リリースの彼女の4枚目のアルバム『Titanic Rising』制作の際に作られた未収録曲(日本盤にボーナストラックとして収録)で、この度改めて正式にシングルカットされたもの。西海岸のベイエリアを転々としながら育ったことも関係しているのだろうか、前作アルバムに続き、アートワークのモチーフは「水」。『Titanic Rising』は、その名の通りタイタニック号をモチーフにした作品ということで、水に沈んだ部屋のような場所が写されている。おそらく、温暖化による海水の上昇を、沈みゆく船になぞらえているのであろう。だが表題曲「Titanic Rising」がインスト曲であったことからも、そうしたメッセージが最もダイレクトに現れているのは、実質このアウトテイク曲「Titanic Risen」なのかもしれない。<Don’t you know that I love you?>と始まるリリックは、一見するとよくある恋愛模様を歌っているように聴こえるが、<We all becom the victims>と続くことを考えると、これは私たち人間への想いを、地球という星を擬人化し一人称に据えて表現したものであるようにも思えてくる。
サウンドも独特だ。音楽一家に生まれ幼い頃に教会に通っていたことも影響してか、優美でスケールの大きなオーケストラ・サウンドと聖歌を思わせる清らかなコーラスが夢見心地に舞い踊る音楽性は、彼女のトレードマーク的なサウンド・スタイル。その一方で本曲には、アルバムには聴けなかった、ギターのノイズやゆがんだサウンド・エフェクト、そして水の滴るような音が混沌と溶け合っている。同じくカリフォルニア出身のバンド、フォクシジェンのメンバー=ジョナサン・ラドーがプロデュースしているだけあり、バロック・ポップ的な側面とサイケデリックさをあわせ持つ音楽性は、ゆっくりと真綿で首を締めるように沈んでいくこの星の窮状と、それに気づかない人間の関係を暗示するかのようだ。
グライムス、The 1975といったアーティストがそうであるように、昨今の英米では地球環境をテーマにした作品が年々増えその課題感のシリアスさを肌で感じるところではある。今作もそうした一連の流れに近い作品ではあるが、曲名の“Risen”という言葉にはある種の希望を感じることもできる。沈みゆく船を浮上させることができるかどうか。それにはまず、私たちがその船が沈み始めていることを認識することから始めなくてはいけないのかもしれない。
Weyes Blood「Titanic Risen」
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Weyes Blood 『Titanic Rising』
¥2,640(ビッグ・ナッシング / ウルトラ・ヴァイヴ)
Text:Nami Igusa Edit:Chiho Inoue