90年代のインディーロックを彷彿とさせる、ケイティ・カービーの初アルバム | Numero TOKYO
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90年代のインディーロックを彷彿とさせる、ケイティ・カービーの初アルバム

最新リリースの中から、ヌメロ・トウキョウおすすめの音楽をピックアップ。今回は、Katy Kirby(ケイティ・カービー)のデビューアルバム『Cool Dry Place(クール・ドライ・プレイス)』をレビュー。

「いい歌」を「いい歌」のままアウトプットできる、職人的なシンガーソングライター

古今東西「いい歌」は数多あれど、そんな「ああ、普通にいい歌だなぁ」と感じられる曲をいくつも生み出すのは、簡単そうに思えて、実はなかなか難しいのではないだろうか。簡素すぎても耳を惹かないかもしれないし、かと言って、装飾を過剰にすれば、歌そのものの良さが消えてしまう……だから、日々様々な音楽に触れる中で、そうした試行錯誤や葛藤を経て生まれたような、絶妙な塩梅のアレンジが施された「ただ普通にいい歌」に巡り会えたときは、心がほんの少し浮きたつのだが、この人は、そんな「いい歌」を「いい歌」のままアウトプットできるバランス感覚の持ち主だ。

米・テキサスで生まれ、現在はナッシュビルを拠点とするシンガーソングライターのケイティ・カービー。まだほとんど新人と言えるミュージシャンで、2018年にカセットでリリースしたEP『Juniper』が一部で話題になっていたが、今回が初めてのアルバムだ。30分足らずのアルバムには、最初から最後まで、温かみのある軽やかなインディー・フォーク~ロック調の楽曲が並んでいる。一聴すると、どれもなんてことはない楽曲のように思えるかもしれないが、サウンドを細部まで聴いていくと、とても丁寧に作り込まれていることが感じ取れる。例えば、リズム部分は、フォーク調の楽曲にしては厚みを持たせてあり、なかでもドラムの力強さ、歯切れの良さは、ヒップホップをメインストリームな音楽として聴くようになった昨今の私たちの耳にもキャッチーに思えるものになっているし、基本的には素朴な歌モノである楽曲をよりダイナミックなものに変身させてもいる。

また、ただフォーキーなアレンジのままに終わらせるだけでなく、「Juniper」、「Traffic!」といった曲では、まるで90年代のオルタナティヴ・ロックやエモを思わせるような、強くディストーションのかかったギターでラストを一気に引っかき回して盛り上げてみたり、合唱のようなコーラスを入れてみたり、自分の声をロボ声に変化させてみたりと、スタンダードなアレンジを、華美になりすぎない装飾でわざと崩してみせているのも面白いところだ。

前半はアップリフティングなバンドサウンドの楽曲を、後半は弾き語りに近い、バラード的な楽曲を集めた構成のアルバムになっているが、いずれのタイプの曲でも、クセのない自然体な声で、つい口ずさんでしまいそうなほどキャッチーなメロディを、さらりと歌っているのが印象的。……などと言いつつ、楽曲が盛り上がりボリュームが大きくなるところでは、ヴォーカルを重ねて収録して声の線が細くならないよう配慮がされていたりと、実は歌の聴こえ方まで細かくこだわり抜かれている模様。「いい歌」に、ほんの少し自分らしくスパイスを加えながらも、そのまま「いい歌」として聴き手にきちんと届ける、という職人技の光る彼女は、まさに「いいシンガーソングライター」の鏡だと思う。

Katy Kirby 『Cool Dry Place』
2,420円(Keeled Scales)
2021年2月26日リリース
国内流通盤のみボーナストラックのDLコード収録
各種配信はこちらから。

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Text:Nami Igusa  Edit:Chiho Inoue

Profile

井草七海Nami Igusa 東京都出身、ライター。主に音楽関連のコラムやディスクレビュー、ライナーノーツなどの執筆を手がけている。現在は音楽メディア《TURN》にてレギュラーライターおよび編集も担当。

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