青葉市子が奏でる想像上の南の島の物語『アダンの風』 | Numero TOKYO
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青葉市子が奏でる想像上の南の島の物語『アダンの風』

最新リリースの中から、ヌメロ・トウキョウおすすめの音楽をピックアップ。今回は、青葉市子のニューアルバム『アダンの風』をレビュー。

生命のエネルギーを静かに身体に思い出させる、どこか遠くの島の、潮と土と緑の風

遠くに出かけることが再びままならなくなったこの頃、ふと、これまでに訪れた土地土地の匂いや温度を頭に思い浮かべ、恋しくなっていた。寒冷で、清涼な空気に心洗われるような地域に赴くのも好きだけれど、個人的に今恋しくなっているのが、南の島。数年前に頻繁に沖縄や離島に旅行に行っていた時期があったのだが、いつも降り立ったそばから、むっと立ち込める湿気と潮と土と緑の匂いを帯びた温かな風を感じるだけで、体の底から静かにパワーが湧いてくるような気がしていた。このご時世、そうした生命のエネルギーに焦がれているのは、筆者だけではないはずだ。

コーネリアスとの共演等で海外にもファンの多いシンガーソングライター、青葉市子のニューアルバム『アダンの風』も、沖縄の離島を巡りながら着想を得た作品なのだそう。これまではクラシック・ギターと歌を中心にした楽曲が多かった彼女だが、今作は、作編曲家・梅林太郎との共作で、ストリングスや管楽器を始め様々な楽器を組み合わせ、スケール感と、どこか神秘な雰囲気をまとったアシッド・フォーク風の作品に仕上げられている。

架空の映画のサウンドトラック、というコンセプトを基に作られている今作は、歌詞のない短い楽曲も多く、通して聴いてみることで初めて、作品全体が一つの物語となっていることが浮かび上がってくるよう。具体的には「どこか遠くの南の島に住む少女が島流しにあい、そこでクリーチャーと呼ばれる生き物に出会って……」というストーリーなのだそうだが、そういった背景を知らなくても、曲を聴き進めていくうちに、ざあっと駆け抜ける風を再現したような青葉の声やオルガンの音、何か生き物の声を表現したようなフルートのささやき、サウンドエフェクトとして差し込まれている、小鳥のさえずりや口笛、波の音などに気づかされ、音の一つひとつが彼女の思い描く“島”の風景の映像を掻き立ててくれる。

一部の曲には琉球音階が使われたり、琉球の離島の方言を使った歌詞なども登場するが、琉球の島々を直接モデルにした作品ではなく、ヨーロッパの民謡のようなアレンジ(マンドリンのような音も聴こえる)や、インドネシアのガムランを思わせる部分があったりと、今作はあくまで想像上の“島”の物語なのだそうだ。ただ、そうした様々な土地の声が混じり合って聞こえて来ることで、静謐でどこかうら寂しささえある作風なのに、「私たちはどこからきたのか」と強く問いかけられるかのようにも感じる。それはまるで、現実の南の島に降り立った瞬間の、湿気と潮と土と緑の匂いが、風とともに身体を通り抜ける時の、あの感じによく似ているのだ。この『アダンの風』を浴びるたび、私たちの中に眠っている生命としてのパワーは、そうして何度でも静かに立ち上がってくることだろう。そんな不思議な力を秘めた作品だ。

青葉市子『アダンの風』
2020年12月2日リリース
各種配信はこちら

青葉市子 代官山蔦屋書店フェア&コンサート
代官山蔦屋書店では、アルバムリリースを記念し、Ichiko Aoba Exhibition “Windswept Adan”を開催中(2021年1月31日(日)まで)。また、1月29日(金)19:00より、青葉市子の配信コンサートを実施。1月27日(水)まで、コンサートで聴きたい曲のリクエストを受け付けている。詳細はこちらから。

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Text:Nami Igusa  Edit:Chiho Inoue

Profile

井草七海Nami Igusa 東京都出身、ライター。主に音楽関連のコラムやディスクレビュー、ライナーノーツなどの執筆を手がけている。現在は音楽メディア《TURN》にてレギュラーライターおよび編集も担当。

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