大胆不敵で鋭い、ビリー・アイリッシュの新曲「Therefore I Am」 | Numero TOKYO
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大胆不敵で鋭い、ビリー・アイリッシュの新曲「Therefore I Am」

最新リリースの中から、ヌメロ・トウキョウおすすめの音楽をピックアップ。今回は、Billie Eilish(ビリー・アイリッシュ)の最新シングル「Therefore I Am」をレビュー。

自分の名前を利用する人々に冷ややかに釘を刺す、スターならではの鋭い批評性

「ビリー・アイリッシュ」という名前を聞いて、あなたはまず真っ先に何を思い浮かべるだろうか? 時代の寵児? 新世代のポップ・アイコン? あるいは政治的な発言も臆さず発信する、若者のオピニオンリーダー、という見方もあるかもしれない。だが、彼女はそうしたラベリングを通して、彼女のイメージを利用しようとする人々を、安易に近寄らせようとはしない。そんな宣言を掲げたのが、先日リリースされた新曲「Therefore I Am」だ。 改めて説明する必要もないだろうが、LA出身の彼女は現在まだ18歳。昨年は史上最年少でグラミー賞主要4部門を独占、今年は来日公演(もちろん即完だ)も予定されていたが、現状日程延期中。不穏かつ異様にハイファイなサウンドにキャッチーなメロディーを乗せ、ウィスパーヴォイスで囁くように歌う……という、音楽的な斬新さももちろんのこと、奇抜な髪色やダボダボに着こなしたラグジュアリーファッション、気だるげながらストレートな物言いなど、存在自体もアイコニックな彼女。それゆえに様々なブランドとのコラボをはじめ、その名前を使った多種多様な宣伝も巷に出回る。その中には本人の関与がないものも数多あるわけだが、今回の楽曲「Therefore I Am」は、そのように、彼女のパブリックイメージを用いて自分の利としようとする人々を一蹴する。

「Therefore I Am」という曲名は、かの有名なデカルトの思想「我思う、故に我あり(I think, therefore I am)」から取られたことは明らかだが、この楽曲では「私がどう思っているかをあたかも知ってるかのように話すのはやめろ」と警告するように、「私のことを知っているのは、この私だけだ」という意味で用いられている模様。ただ彼女は、その主張を大声でスクリームするなんてことはない。あくまでもボソボソとした独特の歌唱と、ラップのようなトーキングワーズで、自分の名前を利用する人々に、冷ややかに釘を刺す。いやむしろ、低い声でボソっと歌われるこそ、声高に掲げられるよりずっとその言葉は鋭利だ。なんといってもヴァースの頭、<Stop,>の一言だけで、ヒヤリと背筋が凍る思いがするし、同時に、ただその一言だけで空気を変える力にもまた、彼女のカリスマ性をダイレクトに感じ取れることだろう。

兄であり共同プロデューサーであるフィニアスと作る、強く効かせた低音、ザラザラとした歪みのかかったサウンドを軸に、ミニマルな音数で仕上げた、これまでの作風を踏襲したトラックも健在。加えて、そのトレードマークでもある低音は、ところどころグッとタイトに引き締まったりと緩急も巧みで、より楽曲の鋭利さを引き立てているのが聴きどころだ。

MVでは、開店前(?)と思しき誰もいないショッピングモールで好き放題しながら走り回るビリー。その意外にも無邪気な姿は、自身を取り巻く様々な利害関係やらしがらみから自由になりたい気持ちからか、あるいは自分を利用する人々や企業への挑発か。少なくとも、その大胆不敵さには、やはり恐れ入ったというところ。批評性とポップさを兼ね備えた彼女は、まごうことなきスターなのだと再認識させられる。

Billie Eilish 「Therefore I Am」
2020年11月13日リリース
各種配信はこちらから

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Text:Nami Igusa  Edit:Chiho Inoue

Profile

井草七海Nami Igusa 東京都出身、ライター。主に音楽関連のコラムやディスクレビュー、ライナーノーツなどの執筆を手がけている。現在は音楽メディア《TURN》にてレギュラーライターおよび編集も担当。

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