モーゼス・サムニー、3年振りとなるニュー・アルバム | Numero TOKYO
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モーゼス・サムニー、3年振りとなるニュー・アルバム

最新リリースの中から、ヌメロ・トウキョウおすすめの音楽をピックアップ。今回は、MOSES SUMNEY(モーゼス・サムニー)3年ぶりのニュー・アルバム 『GRÆ(グレー)』をレビュー。

多元的なアイデンティティが産み落とした、しなやかで優美な孤独

知らない人がぱっと見ただけでは、アスリートか、あるいはモデルか、などと思うだろう。大きな身体に、しなやかな体躯を備えた彼は、モーゼス・サムニー。インディーの枠を飛び越え、2010年代以降の音楽シーン全体に多大な存在感を放ってきたアメリカのレーベル《Jagjaguwar》のシンガーソングライターだ。今やレーベルの看板とも呼べる存在だが、今作が2作目のアルバム。それを意外だと思うのは、これまで、スフィアン・スティーヴンスやソランジュ、ジェームス・ブレイク…などなど、まださほど長くはないキャリアながら数々のビッグ・アーティストと共演、客演をしているのを何度も目の当たりにしてきたからだろう。

そのコラボ相手のアーティストの多種多様さからもわかる通り、モーゼスの魅力にして、最も個性的な部分は、ジャンルという概念を感じさせない自由でたおやかな感性だ。ガーナ出身の両親を持つというところからも、私たちはつい固定観念から、ディープなブラック・ミュージックやアフリカ音楽を彼に期待してしまうが、物心ついた時に実際に彼が聴いていたのはカントリーなのだという。今作のタイトル『græ』は、白と黒の中間色(グレー)を意味するそうだが、確かに、これまで以上に彼の持つ多元的なアイデンティティや音楽的なルーツが四方八方に広がりながらも、マーブル模様に混ざりあい、複雑に絡みあっている作品になっているのだ。フォーキーな弾き語りの「Polly」に曝け出されるフラジャイルさ、ダニエル・ロパティンと共作した「Two Dogs」のアンビエントなサウンド処理が引き出す神秘性と幽玄さ、そして作品中最も異彩を放つ「Virile」の強靭で野性味溢れる爆発力…。全てが2枚組の長大な作品の中で、人々を惹きつけてやまない彼の声を多重録音した清らかなコーラスのもとで、無理なく同居している。

冒頭の「insula」で繰り返される「isolation」=孤立、疎外という言葉は、まさに彼自身を表す言葉。ガーナとアメリカ、ブラック・ミュージックとカントリーやフォーク、筋骨隆々とした身体と甘やかな歌声…。一見全く違うもの同士が同居する彼は、他の人から理解されたくとも簡単には理解されない、というような経験を味わってきたのかもしれない。そのグレーなアイデンティティをぱっきりと分けてしまうことなく描き切った今作が、こんなにも優美で、それでいてタフでしなやかだというのは、大いに頷けるところだろう。


MOSES SUMNEY 『GRÆ』
(ビッグ・ナッシング / ウルトラ・ヴァイヴ) ¥2,400
2020年5月19日世界同時発売、解説付、初回盤のみボーナス・トラック「Bless Me (Demo)」のダウンロード・カード封入

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Text:Nami Igusa  Edit:Chiho Inoue

Profile

井草七海Nami Igusa 東京都出身、ライター。主に音楽関連のコラムやディスクレビュー、ライナーノーツなどの執筆を手がけている。現在は音楽メディア《TURN》にてレギュラーライターおよび編集も担当。

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