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写真家 スティーヴ・ハイエットが残した、晩秋のサウンドトラック
最新リリースの中から、ヌメロ・トウキョウおすすめの音楽をピックアップ。今回は、Steve Hiett(スティーヴ・ハイエット)の『Girls In The Grass(ガールズ・イン・ザ・グラス)』をレビュー。
写真家の残した環境音楽にあたたかみを吹き込んだ未発表音源作
スティーヴ・ハイエットという名前はどちらかといえばファッション業界の人に馴染みのある名前かもしれない。1940年イギリス生まれで、1960年代からモード系ファッション誌でも活躍していた写真家だ。ギタリストでもあったスティーヴ・ハイエットだが、ソロとして残したアルバムは、パリ、ニューヨーク、そしてここ日本でレコーディングされた『渚にて…』(1983年)のみ。加藤和彦らも参加したその『渚にて…』は、スティーヴが弾くヴィンテージ感たっぷりの粘りのある独特のギター・サウンドに、80年代らしいドラム・マシンのリズムと煌びやかなサウンドが絡みあったノスタルジックなリゾート・アルバムとなっていた。 今作『Girs In The Grass』は、そのスティーヴの未発表音源をコンパイルした作品だ。楽曲自体は『渚にて…』のものと大きく方向性は変わらない。だが、2019年現在の技術でミックス、マスタリングされたサウンドは、当時まだスカスカとしていたドラム・マシンの音に厚みを、スティーヴのギターにはさらにリッチさをもたらしている。爪弾かれるフレーズはまるで鼻歌でも歌っているかのように自由でゆるく、身軽で朗らかだ。『渚にて…』よりもぐっとあたたかみを蓄えて現代に誕生した今作は、惜しくも今年8月に逝去したスティーヴ・ハイエットを決して過去の人にはさせていない。アンビエントという言葉が一般的ではなかった時代から、写真家ならではの感性で風景に漂う空気や陰影をそのまま写しとるように紡がれた彼の作品は、深まる秋のサウンドトラックとしてもぴったりだ。Profile
井草七海Nami Igusa
東京都出身、ライター。主に音楽関連のコラムやディスクレビュー、ライナーノーツなどの執筆を手がけている。現在は音楽メディア《TURN》にてレギュラーライターおよび編集も担当。